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札幌地方裁判所 昭和63年(ワ)2041号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

被告は、北海道古宇郡泊村大字堀株村において、泊原子力発電所一号機、二号機の建設と操業をしてはならない。

第二  前提となる事実

本件は、被告が発電用原子炉二基(一号機、二号機)により原子力発電を行っている北海道電力泊発電所について、周辺地域などに居住する原告ら(選定者数は九八八名)が「原発なしで生きる権利」を主張し、環境権あるいは人格権に基づき、その建設と操業の差止めを求めた事案である。

その前提となる事実関係は、次のとおりである(争いがないか、又は掲記した証拠により認めることができる)。

一  当事者

1  原告ら(選定者らを含む)は、別紙原告選定者目録記載のとおり、北海道古宇郡泊村、神恵内村、岩内郡共和町、岩内町など泊原子力発電所の周辺地域や、小樽市、札幌市など泊原子力発電所からおおむね七、八十キロメートルの範囲の地域を中心に居住している住民である。

2  被告は、北海道一円を供給区域として、一般の需要に応じて電気を供給する事業を営む一般電気事業者である。

被告は、平成八年度(平成九年三月末現在)において、発電設備として泊原子力発電所(最大電気出力一一五万八〇〇〇キロワット)のほか、水力発電所六四か所(同一二一万〇九七二キロワット)、地熱発電所一か所(同五万キロワット)、火力発電所一一か所(同三〇一万二五一〇キロワット)を保有し、その総発電設備容量は約五四三万キロワットである。電気供給契約口数は電灯が約三二六万口、電力が約三二万口であり、年間販売電力量は約二五八億キロワットアワーである。

二  泊原子力発電所の概要

1  発電所の施設

泊原子力発電所は、積丹半島西側基部の日本海に面した泊村大字堀株村に位置し、低濃縮二酸化ウランを燃料とする軽水減速軽水冷却加圧水型の原子炉(加圧水型軽水炉)二基を持った最大電気出力一一五万八〇〇〇キロワット(一、二号機各五七万九〇〇〇キロワット)の原子力発電所である。

発電所の構内には、原子炉格納施設を設置した原子炉建屋、中央制御室を設置した原子炉補助建屋、発電機を設置したタービン建屋や、放射性廃棄物処理建屋、取放水施設などが配置されている。

2  建設までの経過

被告は、昭和四四年九月に原子力発電所の建設予定地を共和町に決定したが、昭和五三年九月に泊村大字堀株村に変更し、昭和五四年一一月から各種調査を開始して、昭和五六年一〇月に原子力発電所設置に関する環境影響調査書を通商産業省に提出したうえ、泊村、共和町、岩内町、神恵内村の四か町村と札幌市で調査書を縦覧に供し、四か町村の各地区では住民らを対象として説明会を実施した。

通商産業省による昭和五六年一二月の第一次公開ヒアリングの開催、北海道知事による昭和五七年三月の同意意見書の提出を経て、被告は、昭和五七年六月、通商産業大臣に対し「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(原子炉等規制法)に基づき、泊原子力発電所の一号機、二号機について原子炉設置許可申請を行った。

通商産業大臣は、原子力委員会と原子力安全委員会に対する諮問、原子力安全委員会による昭和五八年一二月の第二次公開ヒアリングの開催、原子力委員会と原子力安全委員会からの許可基準に適合しているとの答申を経て、昭和五九年六月一四日、被告に対し、泊原子力発電所の原子炉の設置を許可した。

3  営業運転の開始と現況

被告は、昭和五九年八月に泊原子力発電所の建設工事に着手し、一号機は平成元年六月二二日、二号機は平成三年四月一二日にそれぞれ営業運転を開始した。

その後、被告は、平成四年七月に一号機、二号機について原子炉設置変更許可申請を行い、原子力委員会と原子力安全委員会からの許可基準に適合しているとの答申を経て、平成五年四月一二日、通商産業大臣から設置変更の許可を受けた。主な変更は、燃料集合体最高燃焼度の変更、燃料濃縮度の変更、取替燃料の一部にガドリニア入り燃料を使用する変更などである。

泊原子力発電所の平成八年度における年間発電電力量は、約八一億キロワットアワーであり、被告の年間総発電電力量(他社からの受電分を含む)約二九二億キロワットアワーに占める割合は二八パーセントになっている。

三  原子力発電の仕組み

1  原子力発電の原理

原子力発電では、原子炉においてウランを核分裂させ、これにより発生する熱エネルギーで蒸気を作り、この蒸気で発電機につながったタービンを回して発電する。

原子力発電の燃料には、天然ウランの約〇・七パーセントを占めるウラン235が利用される。ウラン235の原子核は、核外からの中性子を吸収すると二つ又は三つの破片に分裂する性質があり、この核分裂の際に大きなエネルギーが発生する。核分裂の際には、これとともに中性子が放出され、放出された中性子がさらに他のウラン235の原子核に吸収されると、次の核分裂を起こす。このように、核分裂の際に放出される中性子を利用して核分裂連鎖反応を安定して持続させ、その際に発生する熱エネルギーを連続的に取り出すための装置が、原子炉である。

2  泊原子力発電所の原子炉

原子炉は、核分裂連鎖反応を起こして熱エネルギーを発生させる燃料、核分裂によって新たに発生する高速の中性子を次の核分裂を起こしやすい状態にまで減速するための減速材、発生した熱エネルギーを取り出すための冷却材、燃料の核分裂連鎖反応を制御するための制御材、これらの要素を納めた高温高圧に耐える鋼鉄製の原子炉容器などから構成される。

泊原子力発電所の原子炉は、減速材、冷却材両方の役割を兼ねる物質として軽水(普通の水)を利用した軽水減速軽水冷却型原子炉(軽水炉)であり、沸騰しないように高い圧力を掛けた軽水を原子炉内で高温の熱水状態にし、これを蒸気発生器に導いて熱エネルギーを別の系統を流れる軽水に伝え、これを沸騰させて蒸気を発生させ、タービンに送っている(加圧水型)。

加圧水型軽水炉では、加圧された高温の軽水が流れる系統(一次冷却系)と、この系統側から熱を伝えられて蒸気を発生する系統(二次冷却系)とが蒸気発生器内の伝熱管を介して熱の授受を行い、それぞれの系統の軽水(一次冷却材、二次冷却材)自体は混じり合わないように設計されているところに特徴がある。

3  原子力発電の装置

(一) 原子炉

(1) 原子炉容器

原子炉容器は、上部と底部が半球状の縦置き円筒形の鋼鉄製の容器で、内部に一次冷却材を満たし、その中に燃料集合体と制御棒などを規則的に配列している。

原子炉容器内の燃料集合体が存在する部分が、炉心である。原子炉容器の胴上部には、一次冷却材が出入りする出口ノズルと入口ノズルをそれぞれ二個設けている。

(2) 燃料

燃料としては、ウラン235の割合を天然ウランにおける構成比率よりもやや高めて、三・四から四・一パーセントとした二酸化ウランを用いる。実際には、この低濃縮二酸化ウランを、直径、高さともに約一センチメートルの円柱状に焼き固めたペレットとして使用する。

ペレットは、ジルコニウム合金製の燃料被覆管の中に縦に積み重ねられて、長さ約四メートルの燃料棒を構成し、燃料棒一七九本が、制御棒案内シンブル一六本などとともに燃料集合体を構成する。

原子炉容器内には、燃料集合体が一二一体、すなわち、原子炉一基当たり二万一六五九本の燃料棒が装荷されている。

(3) 制御材

原子炉内の核分裂に寄与する中性子の数を調整し、核分裂連鎖反応を安定した状態に制御する制御材として、中性子の吸収効果が大きいカドミウム、ホウ素が利用されている。

具体的な制御方法としては、カドミウムの合金を棒状に加工して制御棒とし、これを原子炉容器の上部にある制御棒駆動装置により駆動し、燃料集合体の中に出入りさせることによって、原子炉の出力を制御する。原子炉の安全回路のいずれかが作動したときには、制御棒が急速に挿入されて、核分裂連鎖反応が停止する(原子炉トリップ)。

また、一次冷却材中にホウ酸を混入し、そのホウ素濃度を化学体積制御設備により調整することによっても、比較的緩やかな反応度変化を制御する。原子炉の起動、停止、出力の制御は、これらの方法を組み合わせて行う。

(4) 冷却材と減速材

一次冷却材としては、軽水を用いる。軽水は、核分裂のエネルギーにより発熱した燃料棒を冷却して、自らは熱水となる。

また、軽水は、中性子を減速させやすく、減速の過程で中性子を吸収しにくいことから、減速材としての役割も兼ねている。

(二) 一次冷却系

一次冷却系の主要機器は、原子炉容器、蒸気発生器、一次冷却材ポンプ、加圧器であり、これらは一次冷却材配管で接続されて、循環回路を形成している。泊原子力発電所では、この回路を、一つの原子炉容器につき二組設置している(ただし、加圧器は一個)。

一次冷却系の機能は、炉心で高温となった一次冷却材をこの回路で循環させ、蒸気発生器において二次冷却材に熱を伝えることである。すなわち、一次冷却材ポンプによって一定流量で送り出された一次冷却材は、原子炉容器に入り、核分裂によって発熱した燃料棒を冷却して、高温高圧の熱水となる、高温となった一次冷却材は、蒸気発生器に導かれ、蒸気発生器内の伝熱管の中を流れる。この時、伝熱管を介して一次冷却材と二次冷却材が熱交換することにより、二次冷却材は沸騰して蒸気となり、タービンへ送られる。熱交換により低温になった一次冷却材は、一次冷却材ポンプによって再び原子炉容器へ送られ、燃料棒を冷却し、これを繰り返す。

加圧器は、上部と下部が半球状の縦型円筒形の容器で、内部には一次冷却材が蓄えられ、下部に液相を、上部には気相を形成する。加圧器は、原子炉で高温になった一次冷却材が沸騰しないように高い圧力を掛け、かつ、圧力の変動を吸収して一次冷却材圧力を一定に保つ機能を有する。

一次冷却系は、全体が気密性の高い鋼板製の原子炉格納容器の中に収納され、さらに、原子炉格納容器は、厚い鉄筋コンクリート製の外部遮へいによって包まれている。

(三) 二次冷却系と発電機

二次冷却系の主要機器には、タービン、復水器、給水ポンプがあり、これらは二次冷却材配管で接続されて、蒸気発生器との間に循環回路を形成している。

二次冷却系の機能は、蒸気発生器で蒸気となった二次冷却材の熱エネルギーを、タービンにより回転エネルギーに変換し、連結した発電機により電気として取り出すことである。すなわち、給水ポンプにより蒸気発生器に送り込まれた二次冷却材は、蒸気発生器で高温高圧の蒸気となり、タービンに導かれる。タービンに流入した蒸気は、タービン内の羽根車を回し、熱エネルギーを回転エネルギーに変換する。この回転エネルギーは、タービンに連結された発電機に伝えられ、電気エネルギーに変換されて電気として取り出される。

タービンを回転し終え、低温低圧となった蒸気は、多数の冷却管を内蔵した復水器に導かれる。冷却管の内部には冷却のための循環水(海水)が流れており、復水器に流入した蒸気は、冷却管の外側を通る際に冷却され、凝縮して水になる。水に戻った二次冷却材は、給水ポンプにより再び蒸気発生器に送られて蒸気となり、これを繰り返す。

(四) 循環水の取放水

循環水として、泊原子力発電所敷地内の専用港湾内に設けられた取水口から海水が取水されている。循環水は、循環水ポンプによってタービン建屋内の復水器に送られ、二次冷却材の蒸気を冷却して水に戻した後、放水池を経て北防波護岸の放水口から港湾外の海中へ放水される。

4  原子炉の固有の安全性

泊原子力発電所の原子炉は、核分裂反応が増加して燃料の温度が上昇すると、燃料中の大部分を占めるウラン238が中性子を吸収する割合が増えるという性質を備えている。そのため、ウラン235に吸収される中性子の数が減り、核分裂反応の増加を抑制する(燃料のドップラー効果)。また、燃料からの熱伝達により、減速材(軽水)の温度も上昇し、膨張して密度が減少する。そのため、軽水による中性子の減速効果が減り、その結果、ウラン235に吸収される中性子の数が減って、核分裂反応の増加を抑制する(減速材の温度効果)。

この点について、原子炉設置変更許可申請についての平成五年二月一五日付けの原子力安全委員会の答申は、予想されるすべての運転範囲内で固有の出力抑制特性を有することを確認したとしている。

四  放射線とその影響

1  放射線の線量

放射線の人体や物質に与える影響の大きさを表す量としては、吸収線量、線量当量、実効線量当量が用いられる。

吸収線量とは、放射線の持つエネルギーが物質に吸収された量のことをいい、単位はグレイ(Gy)が用いられる。一グレイは、放射線のイオン化作用によって、一キログラムの物質に一ジュールのエネルギーを与える吸収線量である。

線量当量とは、放射線が人体に与える影響に着目した線量のことをいい、単位はシーベルト(Sv)が用いられる。放射線が人体に与える影響は、吸収線量が同じであっても、被ばくする放射線の種類やエネルギーによって異なり、例えば、同じ吸収線量でも、アルファ線や中性子線を被ばくした場合には、ガンマ線を被ばくした場合よりもその影響が大きい。このようなことから、放射線防護の目的のため、放射線を被ばくした場合の影響をすべての放射線に対して共通の尺度で評価できるように、吸収線量に補正係数を掛け合わせて求められるのが線量当量である。人が全身に一グレイのガンマ線を被ばくしたとき、その人に及ぼす影響が約一シーベルトとなる(従来の単位はレム(rem)。一シーベルト=一〇〇レム)。

また、人体が実際に放射線を被ばくした場合、その影響の現れ方が各組織によって異なることから、放射線防護の目的のため、全身が均等に被ばくした場合と不均等に被ばくした場合を共通の尺度で評価できるように、各組織、臓器が受けた線量当量に組織、臓器ごとの相対的な感受性を表す係数を掛け合わせ、これを全組織、臓器について合計した実効線量当量と呼ばれるものが用いられる。単位は、線量当量と同じくシーベルト(Sv)である。

2  自然放射線と人工放射線

人体が被ばくする放射線には、自然放射線と人工放射線とがあり、日常生活で被ばくするものは、大部分が自然放射線と医療用の人工放射線である。

(一) 自然放射線

自然界には、地球の外部から来る宇宙線と呼ばれる放射線や、地殻を構成している花こう岩、石灰岩、粘土、あるいは飲食物の中などに天然に存在する放射性核種から放出される放射線がある。人体は、これらの自然放射線を絶えず受け、被ばくし続けている。

人体が被ばくする一年間一人当たりの自然放射線の実効線量当量は、宇宙線が約〇・三八ミリシーベルト、大地からの自然放射線が約〇・四六ミリシーベルト、飲食物の摂取によるものがラドン等の吸入によるものを除いて約〇・二四ミリシーベルトである(国連原子放射線の影響に関する科学委員会の一九九三年報告書)。自然放射線の量は、個人個人の住む地域や建物、生活様式などの違いにより大きく異なるが、ラドン等の吸入によるもの(約一・三ミリシーベルト)を除く自然放射線の世界平均は、約一・一ミリシーベルトであり、わが国について都道府県ごとに見ると、ラドン等の吸入によるもの(日本の平均約〇・四ミリシーベルト)を除いて、約〇・八ないし約一・二ミリシーベルトとなっており、最大で約〇・四ミリシーベルトの地域差がある。

(二) 人工放射線

人工放射線は、発生源から分類すると、医療で利用するエックス線装置による放射線、核実験による放射性降下物からの放射線、原子力の開発、利用に伴うものなどがある(身の回りの放射線として、テレビなどからも微量ながら放射線が放出されている)。

わが国においては、一回当たりの実効線量当量で、胸部CTスキャンの場合には約六・九ミリシーベルトを被ばくし、胃のエックス線集団検診の場合には約〇・六ミリシーベルトを被ばくすることがある。医療被ばくの実効線量当量は、診断と治療とを合わせて、一年間一人当たり、世界平均で約〇・六ミリシーベルト、日本では約二・二ミリシーベルトとなっている。

3  放射線被ばくによる障害

放射線によって人体に生じる障害には、放射線による影響が被ばくした個人に現れる身体的障害と、被ばくした個人の子孫に現れる遺伝的障害とがある。

(一) 身体的障害

身体的障害は、さらに、被ばく後数週間程度のうちに症状が現れる急性障害と、より長い潜伏期間を経て現れる晩発性障害とに分けられる。

急性障害は、短期的に高線量の放射線を被ばくした場合に生じるものであって、出現する臨床症状は、被ばくした線量、被ばくした部位などによって異なる。急性障害に関しては、被ばくした線量と現れる症状との関係が比較的よく判明しており、被ばくした線量がある量に達しないと影響が発生しないという限界線量(しきい線量)が存在している。

全身に一時に放射線を被ばくした場合の急性障害の症状例としては、〇・五シーベルト程度でリンパ球の一時的な減少を来し、一シーベルト程度で吐き気やリンパ球の著しい減少を来す。また、四シーベルト程度で三〇日以内に五〇パーセントの人が死亡し、六シーベルト程度で一四日以内に九〇パーセントの人が死亡し、七シーベルトでは一〇〇パーセントの人が死亡するといわれている。

晩発性障害は、急性障害に耐えたもの、あるいは比較的低線量の被ばくを全身又は局所に受けた場合に、数年ないし数十年の潜伏期間を経て現れるものであり、症状例としては、ガン、白内障などがある。

白内障については、しきい線量が存在し、それ以下の被ばくでは発生しないことが判明している。ガンの発生に関しては、広島、長崎の原爆被ばく者に関する調査から、比較的高い線量(約〇・二グレイ以上)を被ばくした場合の線量とガン発生率との関係について、ある程度の知見が得られているが、より低い線量を被ばくした場合については、有意な発生を認めるという知見は得られていない。

急性障害については、被ばくした全線量が同じであっても、その線量を被ばくした期間が長ければ長いほど、換言すれば、単位時間当たりの被ばくした線量(線量率)が小さければ小さいほど、その影響は小さい。また、ガン発生のリスク(発生確率)についても、ベータ線、ガンマ線などの場合、動物実験の結果によって、線量率が小さい場合にはリスクが低くなることが明らかにされている。ただし、線量率が非常に低いレベルについては、その変化が直線的(一次関数モデル)かどうかは明らかではない。これに対し、アルファ線、中性子線などの場合には、そのような線量率効果の関係は見られない。

(二) 遺伝的障害

遺伝的障害とは、生殖細胞の中にある遺伝子あるいは染色体が、物理的、化学的その他何らかの原因によって変化を受け、その遺伝子が子孫に伝えられた結果、その子孫に何らかの健康上の異常をもたらすことをいう。放射線は、この遺伝的障害の原因の一つとなりうるものといわれている。

被ばくした放射線の線量と、それによって生じる遺伝的障害の有無及び程度との関係については、いくつかの動植物を用いた実験において、実証性のある知見が得られている。例えば、ショウジョウバエの精子に放射線を当てたときに生ずる突然変異の頻度と与えた線量の関係についての塩見らの研究では、八レントゲンまで照射線量を低くするにつれて突然変異頻度が少なくなる直線関係が確認され、ムラサキツユクサの雄しべの毛に生ずる突然変異に関するスパローらの一九七二年の研究では、中性子で一ミリグレイ、エックス線で二・五ミリグレイまで直線関係が成り立つことが知られている。また、遺伝的障害に関する線量率効果の関係について、ラッセルらによる一九五八年のエックス線又はガンマ線でのマウスの精原細胞を用いた実験により、代謝の盛んな精原細胞の場合、急照射(一分間当たり九〇レントゲン)した場合と緩照射(一週間当たり九〇レントゲン)した場合を比較すると、突然変異率は緩照射のほうが急照射の約四分の一程度と低い、すなわち、線量率が低くなれば突然変異率も減少するという結果が得られている。

もっとも、人体に対する遺伝的障害については、広島、長崎の原爆被ばくで高線量を受けた被ばく者集団でも実証性のある知見は得られておらず、自然放射線レベルのより低い線量を被ばくした場合については十分な知見は得られていない。ただ、放射線防護の観点からは、安全側の判断に立って、遺伝子の基本構造は人と実験動物とは同じであるから、実験動物で観察された遺伝的障害は人の場合にも発生する可能性があり、かつ、しきい線量はないものと推定ないし仮定するのが一般的な見解となっている。

4  原子力発電所の運転に伴う放射性物質の発生

(一) 原子力発電所の運転に伴い、一次冷却材中では、燃料の核分裂反応によって、燃料被覆管内に放射性希ガス(クリプトン85、キセノン133など)や、ヨウ素131、セシウム137などの核分裂生成物が生成される。このほか、一次冷却系の機器や配管の内面の腐食により生じた不純物が中性子に照射されてできるコバルト60、マンガン54、水や水に溶けている空気が中性子を吸収してできる窒素13、窒素16、酸素19、制御材とするホウ酸に中性子が当たってできるトリチウム(三重水素)などの放射化生成物も生じる。

燃料被覆管内に生成する核分裂生成物については、ペレットあるいは燃料被覆管内に閉じ込められて、一次冷却材中には出現しないように設計されているが、多数の燃料棒のうちのごく一部の燃料被覆管にピンホールなどが生じ、一次冷却材中に漏出する可能性を完全に消去することはできない。また、一次冷却材が接する機器や配管の内面のすべてにわたって腐食を完全に防止することは困難であり、一次冷却材中に微量とはいえ放射化生成物が現れることは避けられない。

一次冷却材の外では、空気を構成している窒素、酸素、アルゴンが原子炉とその近傍で中性子に照射され、窒素13、窒素16、アルゴン41などの放射化生成物が生ずる。

(二) このようにして発生する放射性物質のうち、窒素13、窒素16、酸素19は、半減期が一〇分、七秒、三〇秒といずれも短く、実際には問題とならない。

これに対し、放射性希ガスは、化学的に不活発で他の元素と結び付きにくいため、発電所の排気中からも除去しにくい放射性物質である。

五  原子力発電所の事故

1  泊原子力発電所タービン亀裂事故

(一) 泊原子力発電所一号機では、平成三年四月一八日から行われた第二回定期検査で、低圧タービン第一二段の静翼四四八枚中三〇九枚の溶接部などに六一七個の亀裂が発生していることが確認された。同年七月二七日から開始した二号機の中間点検でも、同じく第一二段の静翼四四八枚中二八〇枚の溶接部などに五八三個の亀裂が発生していることが確認された。亀裂の長さは、九割余りが一〇〇ミリメートル以下で、最長のものは一号機で一六〇ミリメートル、二号機で一六二ミリメートルであった。

この事故は、二次冷却系において発生したものであり、原子炉などの一次冷却系の設備には影響を与えておらず、放射性物質を放出するなど周辺環境への影響はなかった。

(二) 亀裂発生の原因については、破面状況、溶接施行状況、静翼振動数などを調査した結果、亀裂が直線的で枝分かれが認められず、高サイクル疲労特有のしま模様が認められたことなどから、亀裂は溶接部に大きな繰り返し応力が作用したことによる高サイクル疲労によって発生したものと判断された。

その原因につき、米国の類似例を踏まえて検討した結果、出力が約三〇パーセントで復水器の真空度が七二五ないし七三六水銀柱ミリメートル程度の場合(特定運転域)に、静翼に当たる蒸気の流れに比較的大きな乱れが生じて静翼の振動が発生し、この振動による繰り返し応力の回数が一定サイクルを超えたため、溶接強度が比較的小さい部位(のど厚の比較的薄い部位又は切り欠き係数の比較的大きな部位)に高サイクル疲労が起きたものと判断された。また、低圧タービン静翼の溶接部について、のど厚がシュラウド側で七・三ミリメートル以上、翼根側で四・六ミリメートル以上の場合には亀裂が発生しておらず、そのような溶接部を持つ翼は振動により発生する変動応力に耐えられることが確認された。

(三) 以上を踏まえて、被告は、まず、亀裂発生部位については十分な強度を有するよう、のど厚がシュラウド側で八・三ミリメートル以上、翼根側で五・六ミリメートル以上となるように再溶接するとともに、シュラウド側の切り欠き係数が一・四以下になるよう溶接端を滑らかに仕上げ、また、健全部位についても必要に応じて補修溶接を行ったうえ、次回の定期検査時には、蒸気の乱れによる振動が発生しない剛性の大きな新翼に交換するという対策を進めることとした。

被告は、一号機、二号機とも、第一二段静翼について再溶接の処置をとった後、運転を再開し、一号機については平成四年八月二九日からの第三回定期検査の際に、二号機については同年四月一七日からの第一回定期検査の際に、低圧タービンの第一二段静翼を剛性の大きな静翼(剛性を約一・八倍強化したもの)と取り替えた。その後、一号機については第六回、二号機については第五回の至近の定期検査まで、亀裂などの不具合は発生していないことが確認されている。

2  美浜原子力発電所二号機事故

平成三年二月九日、加圧水型軽水炉により原子力発電を行っている関西電力美浜発電所において、二号機の蒸気発生器の伝熱管一本が完全に破断するという事故が発生した。

通商産業省資源エネルギー庁は、事故の経過と原因、事故による影響について、次のとおり報告している。

(一) 事故の経過

平成三年二月九日、定格出力で運転中のところ、一二時二四分、二次冷却系の放射能濃度を連続監視している蒸気発生器ブローダウン水モニタと復水器空気抽出器ガスモニタについてプラント計算機から計数率高注意信号が発信され、運転員は、これらのモニタの監視を強化した。一三時二〇分ころ、蒸気発生器二次側器内水のサンプルの放射能濃度分析結果が判明し、AB二系統のうちB側は測定限界値以下であったが、A側からは放射能が検出された(報告書の考察では、このころまでに、A側蒸気発生器の伝熱管の損傷に伴う蒸気発生器二次側への一次冷却材の微少な漏出が発生していたものと推定している)。

一三時四〇分ころ、復水器空気抽出器ガスモニタについて計算率注意警報が発信され、一三時四五分ころ、蒸気発生器ブローダウン水モニタについて計数率注意警報が発信された。運転員は、一次冷却材の減少を補うため充てんポンプ一台を追加起動し、それまでの二台運転から三台運転としたが、蒸気発生器水位高注意信号、加圧器水位低注意信号、加圧器水位低低注意信号、加圧器圧力低注意信号、加圧器圧力低低注意信号が連続して発信された。さらに、一三時四六分には、蒸気発生器水位高高注意信号が発信され、一次冷却材の温度低下に伴い一部の制御棒の位置が自動的に調整された(報告書の考察では、このころに、A側蒸気発生器の伝熱管損傷が急激に拡大し、破断、分離したものと推定している)。

一三時四七分ころ、運転員は、原子炉を停止させるため手動で発電機出力を降下させ始めたが、一三時五〇分、復水器空気抽出器ガスモニタについて計数率高警報が発信されるとともに、加圧器圧力低による原子炉トリップ(緊急停止)信号が発信され、原子炉、タービン、次いで発電機が所定の順序どおり自動的にトリップした。原子炉トリップから七秒後、加圧器圧力低及び加圧器水位低の一致による安全注入信号が発信され、これによって、非常用炉心冷却設備(ECCS)の起動による一次冷却系への水の注入などが自動的に行われた。

一三時五五分、運転員は、損傷側のA側蒸気発生器を隔離するため中央制御室において主蒸気隔離弁の閉止作業を行ったが、監視盤上の表示では完全に閉止したかどうか確認できなかったので、一四時二分ころ、現場において主蒸気隔離弁を完全に閉止した。

一四時二分、運転員は、健全側蒸気発生器を介して一次冷却系を冷却するため、健全側のB側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁を開放した。一四時九分、運転員は、一次冷却系の保有水量を制御するため、安全注入信号により停止されていた充てんポンプ三台を再起動した。一四時一七分、運転員は、健全側蒸気発生器に係る一次冷却材回路の高温側冷却材が目標温度以下に冷却されていることを確認し、健全側蒸気発生器の主蒸気逃がし弁を閉止した。

一四時一〇分ころから二五分ころまで、運転員は、一次冷却系の圧力を減圧し、損傷側蒸気発生器二次側の圧力と等しくすることにより二次側への一次冷却材の流出を止めるため、加圧器逃がし弁の開放操作を複数回試みた。しかし、二個ある加圧器逃がし弁は、いずれも開放不能であった。

一四時三四分から、加圧器補助スプレーによる減圧操作が開始され、一次冷却系の圧力は低下傾向を示した。一四時三七分、運転員は、加圧器水位の回復と一次冷却材のサブクール度(液体がその圧力に応じて沸騰する温度と実際の温度との差)を確認のうえ、高圧注入ポンプ二台を停止した。一四時四八分、運転員は、一次冷却系の圧力が低下し、損傷側蒸気発生器二次側の圧力とほぼ一致したため、加圧器補助スプレー弁を閉止し、一次冷却系の減圧操作を完了した。

その後、タービンバイパス弁を用いた復水器による一次冷却系の冷却、一次冷却材のホウ酸濃縮操作、余熱除去ポンプの再起動などを経て、翌二月一〇日二時三七分、一次冷却系は冷態停止状態となった。

(二) 蒸気発生器伝熱管が破断した原因

美浜二号機事故における損傷伝熱管については、低温側第六管支持板上端部で破断し分離していること、その破断面には金属疲労の特徴であるしま模様が認められること、伝熱管の振動を抑制するための上部及び下部の振れ止め金具とも設計どおりの範囲まで挿入されていないこと、そのため損傷伝熱管が振れ止め金具によって支持されていなかったこと、管支持板部で伝熱管が拘束されていたことなどが確認された。

このような状況から、伝熱管の破断の原因は、設計どおりに振れ止め金具によって支持されていなかったため、伝熱管のU字部に流力弾性振動が発生し、第六管支持板部に高サイクルの繰り返し荷重が作用して、フレッチング疲労により亀裂が生じ、破断に至ったものと推定された。伝熱管が設計どおりに振れ止め金具により支持されていれば、流力弾性振動は発生せず、破断することはなかったと考えられている。

(三) 事態収束の障害要因

美浜二号機事故の経過の中で、加圧器逃がし弁が作動しなかった原因は、運転員が原子炉起動前に行った点検において、二個の加圧器逃がし弁への系統と予備の系統に空気を供給する共通の空気元弁を、誤って予備の系統のみに供給する弁で通常は使用しないものと考えて閉止したため、二個の加圧器逃がし弁に供給される空気が流れず、加圧器逃がし弁が作動しなかったものと判明した。

主蒸気隔離弁が完全に閉止しなかった原因は、前回の平成二年七月二五日の定期検査時に、主蒸気隔離弁の弁棒に鏡面仕上げを実施したことから、運転に伴いアスベストパッキンから溶出した油脂分が黒鉛パッキンと弁棒の透き間に侵入し、黒鉛パッキンが弁棒に付着し弁棒の摺動抵抗が増加して、隔離弁が完全に閉じなかったものと判断された。

(四) 事故による影響の評価

(1) 環境への影響

美浜二号機事故の再現解析において、一次冷却系から二次冷却系に流出した一次冷却材は約五五トン、ECCSにより炉心に注入された冷却水は約五〇トン、損傷側蒸気発生器から大気中に放出された蒸気量は約二・二トン(うち、主蒸気逃がし弁からは約一・三トン。主蒸気逃がし弁は、一四時一九分、一四時二九分、一四時三九分の三度にわたり自動開閉した)と推定された。

環境へ放出された放射性物質の量は、放射性物質の測定値などを基にして、大気中へ放出された放射性希ガスが約二三ギガベクレル(約〇・六キュリー)、放射性ヨウ素が約〇・三四ギガベクレル(約〇・〇一キュリー)、海中へ放出された放射性物質が約七・〇メガベクレル(約〇・〇〇〇二キュリー)と算定された。

この放出量を基に算出した放射性希ガス及び放射性ヨウ素による実効線量当量は、約〇・〇〇〇〇一ミリシーベルトであり、周辺公衆に対し影響を与えるものではなかった。また、発電所周辺における空間放射線の線量率の連続測定値や、浮遊じん、海水、海産物などの各種環境試料についての放射性物質の濃度分析結果には、平常時と比較して有意な変化はなく、この事故に伴う周辺環境への影響は認められないと評価されている。

(2) 原子炉施設への影響

プラントの記録と解析結果により、事故の発生から収束まで、健全側の一次冷却材回路においては自然循環が成立し、炉心の冷却は確保されていたと判断された。また、加圧器内の水や高圧注入ポンプによる注入水によって炉心の冠水は維持され、燃料棒にも異常のないことが確認されて、炉心の健全性に問題はないと判断された。

原子炉容器についても、ECCSが作動し、高圧注入ポンプにより一次冷却系へ水が注入されて原子炉内部に温度変化が生じたが、脆性破壊や熱疲労に関する検討が行われた結果、事故が機器の健全性に与える影響はほとんどなく、今後の使用に当たって問題となるものではないと判断された。

3  スリーマイル島原子力発電所事故

一九七九年(昭和五四年)三月二八日、米国ペンシルバニア州サスケハナ川の中州スリーマイル島(TMI)に設置されたスリーマイル島原子力発電所の二号炉において、炉心の露出、損傷に至る事故が発生した。

わが国の原子力安全委員会に設けられた米国原子力発電所事故調査特別委員会は、昭和五六年五月、事故の経過、事故による影響について、次のとおり報告している(ただし、(三)を除く)。

(一) 発電所の概要

TMI二号炉は、バブコック・アンド・ウィルコックス(B&W)社の設計による電気出力九五万九〇〇〇キロワットの加圧水型軽水炉で、一九七八年三月に臨界となり、同年一二月に営業運転が開始された。

TMI二号炉の加圧水型軽水炉は、他社の炉の設計条件と比較するとかなり異なった特徴がある(報告書では、このことが今回の事故の経過にも影響を及ぼしていると指摘している)。主要な相違点は、他社の炉はタービンに供給される蒸気が飽和蒸気であるのに対し、B&W社の炉は過熱蒸気を供給する設計であり、そのため蒸気発生器の構造が大きく異なり、伝熱管上部が二次側の蒸気中に露出する構造になっていること(このことは、発電所としての機動性を高めるには適していたが、反面、外乱の場合には二次側の応答が速いため、制御系や運転員の機敏かつ適切な動作が必要となる)、B&W社の炉には、タービントリップ、給水流量低、蒸気発生器水位低といった二次冷却系の異常による緊急停止信号がないこと(これは、二次冷却系の負荷変動に対しては、加圧器逃がし弁を積極的に作動させて一次冷却系の圧力変化を制御し、緊急停止なしに乗り切って稼働率を向上させようとしたものと考えられる)である。

TMI二号炉では、初臨界に達してから事故が発生するまでの一年の間に、数多くのトラブルが発生していた。その間の運転管理状況のうち、事故に直接関連する問題点として、加圧器逃がし弁又は安全弁から毎時約一・四立法メートルもの一次冷却材の漏出があり、そのまま長期間運転を続けていたこと、主給水喪失時に直ちに蒸気発生器に給水するための補助給水系の弁が、二個とも閉じられたままの状態で運転を続けていたことが指摘されている。これらは、いずれもTMI二号炉の運転条件を規定した技術仕様書に違反した行為であった。

(二) 事故の経過

事故の直前、TMI二号炉は定格出力の九七パーセントの出力で運転されていたところ、二次冷却系で異常が発生。主給水ポンプが停止し、ほとんど同時にタービンが停止した。その結果、一次冷却系の温度、圧力が上昇して加圧器逃がし弁が開いたが、その後も圧力が上昇したため、八秒後には原子炉が自動停止した。このため一次冷却系圧力は急速に低下し、逃がし弁の閉設定圧力以下となったが、逃がし弁が故障して開固着の状態となり、一次冷却材が格納容器内へ流出することとなった。一方、二次冷却系では、主給水ポンプの停止により補助給水ポンプが三台とも自動起動したが、補助給水ポンプの弁が二個とも閉じられていたため、蒸気発生器に給水ができなかった。このため、蒸気発生器の二次側の水はほとんど蒸発してしまい、蒸気発生器の除熱能力が急速に低下したが、八分後に運転員がこれに気づき、弁を開いたため、蒸気発生器の除熱能力が回復した。

一次冷却系では、加圧器逃がし弁からの一次冷却材の流出が続いていたが、中央制御室における逃がし弁の開閉状態の表示方式が不適切で、現実には逃がし弁は開固着していたにもかかわらず「閉」を表示していたため、運転員は、逃がし弁が開放のままであることに気づかなかった。

この間、一次冷却材の流出に伴って圧力が低下し、ECCS起動設定圧に達して、高圧注水ポンプが二台とも自動起動した。しかし、蒸気発生器の除熱能力が低下していたため、一次冷却材が局所的に沸騰し、発生した蒸気泡が一次冷却材を加圧器に押し上げて加圧器の水位を上昇させ、一見、一次冷却材の量が増加しているかのような現象を示した。運転員は、常々加圧器を満水にして圧力制御を不能とする事態を回避するよう教育されていたため、加圧器水位の上昇を見て高圧注水ポンプ一台を停止し、残りの一台の流量を最低限にまで絞ったうえ、一次冷却材の抽出量を最大にした。すなわち、一次冷却材の量が減少しているのに、これを補給せず、かえって減少を促進する操作を行った。これは、加圧器水位だけでなく、一次冷却系の圧力も高圧注水ポンプ停止の条件としている緊急手順書に違反した行為であった。

加圧器逃がし弁から流出した一次冷却材により、ドレンタンクの圧力が上昇し、ラプチュアディスクが破れて、格納容器内に一次冷却材が流出した。一次冷却材は格納容器サンプに入り、サンプポンプによって補助建屋の放射性廃棄物貯蔵タンクに移送された。

一次冷却材はますます減少し、蒸気泡が増加した。このため、一次冷却材ポンプの振動が激しくなり、ポンプの破損を恐れた運転員は、四台全部を停止した。ポンプが運転されている間は、水と蒸気の混合物が循環して炉心を冷却していたが、ポンプが停止されると流れが止まり、蒸気と水が分離して、炉心の上部が蒸気中に露出し始めた。

事故発生から二時間二〇分後、運転員は、加圧器逃がし弁の開固着に気づき、元弁を閉じた。しかし、依然として、高圧注水ポンプを全開にして冷却水を注入することをしなかったので、炉心の水は蒸発し、炉心は上部三分の二程度が露出した。露出した燃料は温度が急上昇し、重大な損傷が生じて大量の放射性物資が一次冷却系内に放出され、また、燃料被覆材と蒸気が反応して大量の水素が発生した。

事故発生から三時間二〇分後、運転員は、短時間ではあったが高圧注水ポンプを再起動して一次冷却系内に注水し、炉心は再び冠水した。この後、再び炉心が露出することはなかったが、注水時の急冷により、炉心のかなりの部分の形状が変化、崩壊したものと推定されている。

事故発生から一五時間五〇分後、運転員は、一次冷却材ポンプを再起動させ、蒸気発生器を通じての除熱に成功し、一次冷却系はようやく制御可能な状態となって、安定的な停止状態に移行した。

(三) 新聞報道による炉心の破壊状況

平成元年六月一日の朝日新聞は、TMI原子力発電所の所有者であるGPUニュークリアー社が、核燃料の五二パーセントが溶融し、溶融しなかった残りの炉心も大半が粉々に崩れたと発表したとの報道をした。

同年八月五日の朝日新聞は、アメリカ原子力規制委員会筋が四日までに明らかにした情報として、最近の炉心内部調査により、TMI二号炉の原子炉容器底部に二本の亀裂のようなものが走っていることが確認されたとの報道をした。

平成二年二月一三日の日本経済新聞は、GPUニュークリアー社が、原子炉容器底部を切り取って調べたところ予想より深い亀裂が見つかり、亀裂は原子炉容器のステンレス鋼製の内張りを超えて容器本体にまで達していたと発表したとの報道をした。

その後、同年三月二九日の原子力産業新聞は、原子炉容器底部の鋼壁から切り取られた一五片のサンプルのうち一つを分析していた米国のアルゴンヌ研究所が、亀裂はないものの原子炉容器のステンレス鋼製の被覆の表面層に裂け傷があり、その中に一度溶融した燃料物質があることが確認されたが、原子炉容器の本体ではなく被覆層においてであり、溶解した炉心物質との反応は非常に小さかったと発表したとの報道をしている。

(四) 事故による影響の評価

TMI事故により、大量の放射性物質が一次冷却材中に漏出し、その一部が環境へ放出された。環境へ放出された放射性物質の大部分は気体状の放射性物質で、主として希ガスとヨウ素である。これらの放射性物質が環境へ放出された経路のうち最大のものは、放射性物質を含んだ一次冷却材が抽出され、補助建屋内の抽出充てん系で脱気される際に出てきた放射性ガスが、配管や機器の漏出箇所から外へ出て、補助建屋の換気系によって排気筒から環境へ放出されたものである。

放出量についてはいくつかの推定があるが、最も確からしい推定値は、希ガスが約二五〇万キュリー、ヨウ素131が約一五キュリーである。

この放射性物質による発電所周辺の公衆の外部全身被ばく線量は、事故発生の昭和五四年三月二八日から四月一五日までの期間について、個人の最大被ばく線量の推定値が約七〇ミリレム、発電所から半径八〇キロメートル以内の住民約二一六万人についての集団線量は、いくつかの異なった計算値があるが、最も確からしい推定値で約二〇〇〇人レム(個人の平均は約一ミリレム)である。内部被ばくについては、ヨウ素131の吸入又は摂取による甲状腺被ばく線量の最大値が、作業従事者の約五四ミリレムと算定されている。また、周辺公衆七六〇人についての全身計測の結果では、有意な体内汚染は検出されなかった。

これらの被ばくによって生じうる健康への影響は、これらの被ばくがなかった場合に比べて、無視しうる程度であったと評価されている。

4  チェルノブイリ原子力発電所事故

一九八六年(昭和六一年)四月二六日、ソ連ウクライナ共和国(当時)に設置されたチェルノブイリ原子力発電所の四号炉において、原子炉が爆発する事故が発生した。

わが国の原子力安全委員会に設けられたソ連原子力発電所事故調査特別委員会は、昭和六二年五月、事故の経過、事故による影響について、次のとおり報告している。

(一) 発電所の概要

チェルノブイリ原子力発電所では、事故当時、事故を起こした四号炉を含め、電気出力一〇〇万キロワットの黒鉛減速軽水冷却沸騰水型原子炉四基が運転中であり、さらに二基が建設中であった。

この型の炉は、ソ連が独自に開発したものであり、大型の圧力容器や複雑で高価な蒸気発生器が不要である。中性子経済が良好である、黒鉛ブロックと圧力管の数を半径方向に増やすことにより炉の大型化が容易であるといった長所を持っているが、反面、大きな正のボイド係数が現れて核分裂反応が促進される、炉心の出力分布が不安定になりやすく複雑な制御システムを必要とする、各チャンネルの入口出口の配管が複雑になる、黒鉛構造物と金属構造物に大量の熱エネルギーが蓄積されるといった短所を持っている。

(二) 事故の経過

チェルノブイリ四号炉においては、一九八六年四月二五日に保守のため運転を停止することになっていたが、その停止前に、外部電源が喪失してタービンへの蒸気供給が停止した場合、タービン発電機の回転慣性エネルギーがECCSの一部など発電所内の電源需要にどの程度対応することができるかを調べる試験を行うことになっていた。試験計画によれば、この試験は、原子炉が熱出力七〇万ないし一〇〇万キロワットの状態で実施されることになっていた。

二五日午前一時、運転員は、試験計画に従って、定格熱出力三二〇万キロワットで運転中の四号炉の出力低下を開始した。午後一時五分、原子炉の出力が定格熱出力の二分の一である一六〇万キロワットとなり、二台あるタービン発電機のうち一台のタービン発電機が送電系統から切り離された。試験計画では、出力低下をそのまま続けるはずであったが、電力系統からの要請により、その後約九時間にわたって一六〇万キロワットの状態で運転が続けられた。また、この間、運転規則に違反して、ECCSは切り離したままであった。

午後一一時一〇分、運転員は、熱出力を下げる操作を再開した。しかし、運転員が低出力時の運転規則に従って局所出力自動制御系から平均出力自動制御系に切り替えたところ、平均出力自動制御系と出力の同期がとれず、自動制御装置が作動しなかったため、熱出力は急激に低下し始め、三万キロワット以下にまで低下した。

二六日午前一時、運転員は、制御棒を手動で引き抜くことにより原子炉の熱出力を二〇万キロワットにまで回復させたが、キセノンの毒作用(キセノンが中性子を吸収することによって、原子炉の反応度を低下させる作用)が進行し、それ以上の出力上昇は困難な状況であった。七〇万キロワット以下の長時間運転は運転規則に違反していたが、この出力で運転が継続された。

それにもかかわらず、試験を実施するための準備は進められ、午前一時三分と七分に、既に作動していた六台の主循環ポンプに加え、さらに一台ずつ主循環ポンプを起動させたため、運転規則に違反して、炉心での発生熱に対する冷却材の流量が過大となり、炉心のボイド率が減少して反応度が減少し、これに伴い、気水分離器内の圧力と水位が低下した。

そこで、午前一時一九分ころ、運転員は、気水分離器内の圧力と水位に関する原子炉緊急停止信号による原子炉の停止を防ぐため、運転規則に違反して、この信号をバイパスさせた。

運転員は、気水分離器の水位の低下を防ぐため、気水分離器への給水流量を増加させたところ、気水分離器から低温の冷却水が炉心に流入したため、炉心のボイド率がさらに減少し、負の反応度が加わって出力が低下した。ここで正の反応度を加えて原子炉の出力を維持するため、自動制御棒が上限停止位置まで上昇したが、さらに出力調節をする必要があったため、運転員は、手動制御棒も引き抜いて出力を調節しなければならなくなった。この結果、反応度操作余裕がさらに低下した。午前一時二二分ころ、気水分離器の水位が上昇してきたため、運転員は、給水流量を急減させた。これにより、炉心入口での冷却材温度が上昇し、ボイド率が上昇して正の反応度が加わった。

午前一時二二分三〇秒、運転員は、反応度操作余裕が運転規則で定められた原子炉の緊急停止を要する値(一五本)以下の値(六ないし八本)になっているのに気づいたが、これを無視して原子炉を停止しなかった。これは重大な運転規則違反であり、もしこの時点で原子炉を停止していれば事故を防ぐことができた。

午前一時二三分、原子炉は熱出力二〇万キロワットの運転状態にあり、原子炉の状態を示す各種のパラメータによれば、一見安定した状態にあった。しかし、実際には、低出力運転のため反応度出力係数は正になっていた。ほとんどの制御棒が引き抜かれていたため原子炉の緊急停止のための反応度操作余裕が極端に減少し、かつ、冷却材のボイド係数が定格出力運転時の約一・五倍と大きくなっていた、圧力の低下と給水流量の急減により冷却材温度が飽和温度近くになり、炉心全体でボイドが発生しやすい状況であったなど、原子炉は非常に不安定な状態になっていた。

試験に先立ち、運転員は、最初の試験が不成功の場合、速やかに再試験ができるように、タービン発電機トリップによる原子炉緊急停止信号をバイパスした。これも重大な規則違反であり、この違反がなければ事故を防止しえた可能性が高く、試験計画にも違反していた。

午前一時二三分四秒、運転員は、残る一台のタービン発電機の蒸気停止加減弁を閉じ、試験を開始した。加減弁閉により蒸気流が絶たれたためタービン回転数が低下し始め、それに伴い、タービン発電機を電源としていた給水ポンプや主循環ポンプの機能が低下した。このため、炉心流量や給水流量が減少し始め、それに伴って冷却材の温度が上昇した。この結果、炉心のボイド率が増加するとともに、出力がゆっくりと上昇し始めた。

午前一時二三分四〇秒、これを見た運転員は、原子炉緊急停止ボタンを押したが、制御棒が効き始めるまでには六秒程度を要する制御棒配置にあったため、原子炉の出力上昇を抑えることはできず、出力はさらに上昇し、ソ連の解析によれば、四秒後に出力は定格出力の約一〇〇倍に達して、いわゆる反応度事故が発生するに至った。この結果、多量の蒸気発生、燃料過熱、燃料の溶融破損、微細化した粒子状の燃料による急激な冷却材沸騰、燃料チャンネル内の急激な圧力上昇、そして燃料チャンネルの破損へと進行していった。

午前一時二四分ころ、爆発が二回発生し、すべての圧力管と原子炉上部の構造物が破壊されるとともに、燃料と黒鉛ブロックの一部が飛散した。原子炉建屋の屋根も破壊されるなどして、多量の放射性物質が環境へ放出された。なお、原子炉はこの間に停止し、炉心下方にあるコンクリート部は、溶融貫通には至らなかった。

(三) 放射性物質による影響

一九八六年八月の国際原子力機関事故後評価専門家会合におけるソ連報告と、国際原子力安全諮問グループの報告書によれば、事故が発生した同年四月二六日から五月六日までの一〇日間に、原子炉から環境へ放出された放射性物質は、希ガス核種が炉内存在量のほぼ一〇〇パーセントに相当する約五〇〇〇万キュリー、希ガス以外の核種が炉内存在量の約三ないし四パーセントに相当する三〇〇〇万ないし五〇〇〇万キュリーと推定されている(数値はいずれも五月六日時点に減衰補正したもの)。

また、ソ連報告によれば、同年八月二一日現在、二〇三名が事故による急性の放射線障害と診断され、このうち消防士ら二九名が死亡した(事故時に重度の火傷によって死亡した一名と現場で行方不明となった一名を加えると、事故による死亡者は三一名となる)。また、発電所周辺三〇キロメートル圏内の地域住民約一三万五〇〇〇人が避難したが、これらの住民が受けた外部被ばくの集団線量は、一六〇万人レムと推定されている。

第三  差止請求権の根拠

一  原告らの主張

環境権とは、人が健康な生活を維持し、快適な生活を求めるため、良好な環境を享受し、かつ、これを支配することができる権利をいい、憲法一三条、二五条から導かれる。この環境には、自然的環境だけでなく、社会的、文化的環境も含まれる。環境権は、環境にかかわりのあるすべての住民が平等に共有しているものであり、原告らには、いずれも、自然放射能による放射線以外の放射線を浴びない環境、事故又は被害発生の不安がない環境を維持する権利、すなわち「原発なしで生きる権利」がある。

人格権とは、生命、健康及び快適な生活に対する違法な侵害を受けることなく生存する権利であり、憲法一三条、二五条、民法七〇九条、七一〇条などから当然導かれる。原告らは、いずれも、このような人格権を有している。

原告らは、被告の泊原子力発電所が建設、操業された場合、一九八六年に起きたチェルノブイリ事故規模の大事故が起きたときはもちろん、日常の運転に伴って放出される放射性物質によっても、放射線による被害が発生する危険にさらされることになるので、環境権又は人格権に基づく妨害予防請求として、泊原子力発電所一号機、二号機の建設、操業の差止めを求める。

二  被告の主張

差止請求は、請求の相手方の本来自由であるべき私権の行使を著しく制限する不作為を求めるものであるから、その根拠となるべき権利は、実定法に裏付けられ、権利の内容が明確に規定されたものでなければならない。原告らがいうところの環境権及び人格権は、実定法上の権利ではなく、かつ、それ自体きわめて抽象的、一般的な内容のものであるから、このような権利を裁判によって創造し、これに排他性を伴う物権類似の強い効力を認めることには、法的安定性の見地から努めて慎重であるべきである。

環境権及び人格権は差止請求の根拠とはなりえないものであり、本件訴えは、いずれも審判の対象たりうる請求適格を欠くから、不適法である。

三  裁判所の判断

1  個人の生命、身体という重大な保護法益が現に侵害され、又は将来侵害されようとしている具体的な危険がある場合には、その侵害を排除し、又は将来の侵害を予防するために、人格権に基づき、侵害行為の差止めを求めることができる。したがって、本件訴えは適法である。

原告らが環境権として主張する権利の内容は、被害発生の不安があるというだけでは差止請求の法的根拠とはならないから、結局は、泊原子力発電所の建設、操業によって原告らの生命、身体が侵害されようとする危険があることを前提とするものである。したがって、環境権に基づく請求は、人格権に基づく請求と基本的に同一のものと考えられる。

2  泊原子力発電所の一号機、二号機は、既に建設が完了して、営業運転を行っている。

そこで、以下、この運転によって原告らの生命、身体が侵害されようとしている具体的な危険があるかどうかについて判断を進める。

第四  泊原子力発電所の日常運転に伴う危険

一  原告らの主張

1  泊原子力発電所からは、日常の運転に伴って微量の放射性物質が放出されている。空気中に放出されたものは風に乗って広がり(チェルノブイリ事故の後、事故によって放出された放射性物質が八〇〇〇キロメートル離れた北海道に八日で届いた)、排水に含まれるものは海草類、魚類に取り込まれ、食物連鎖で濃縮されて、最終的に原告らのもとに到達する。

放射線による晩発性障害には放射線量のしきい値がなく、どんなに微量でも何らかの影響があるというのが、現在の放射線生物学及び医学の結論である。したがって、人体に影響を与えないという意味での「許容量」という概念はない。

2  自然放射線量の地域差程度の被ばくであっても、一定の場所に固定して生存する動植物に着目した研究によれば、遺伝子などに有意な影響が認められ、人間に関する研究でも、地域差程度の放射線でもガンの発生率に明確な差が現れることが分かっている。

人間についてみると、自然放射線どおり実際に被ばくするのは、人がその地点の野外で一年中裸で過ごし、その地点で採れる食物と水だけを摂取するという場合である。実際には衣服をまとい、大半の時間を建物内で過ごし、移動も頻繁である。特に建物は、木造かコンクリート造りかによって自然放射線量に大差がある。また、食物は広く流通しており、わが国の場合、カロリー単位でみればその六割が外国産である。したがって、個々人の自然放射線の被ばく線量は、測定地点の自然放射線量とほとんど一致せず、個人差のほうが大きいといえる。晩発性影響及び遺伝的影響、例えばガンなどの発生率に地域的な差があるかどうかについて、個々人を対象として調査を実施したという話を聞いたことがないし、可能とは思われない。

3  被ばくには、人体の外から放射線を浴びる外部被ばくと、呼吸や飲食によって体内に入った放射性物質から放射線を浴びる内部被ばくとがある。原子力発電所による放射能汚染で特に心配なのは、体の外から測定できない内部被ばくである。

原告らは、原子力発電所から放出される放射性物質がたとえ微量であっても、重大な放射線被ばくによる被害が発生すると考える。というのも、自然界に存在する放射性物質の場合は生物体内に濃縮されることがないのに対して、原子力発電所が稼働することによって生み出される人工放射性物質の場合には、驚くほどの濃縮が起こることが明らかにされているからである。地球上には自然放射性物質が存在しており、生物は生命の誕生以来、この自然放射性物質を取り込んで濃縮することのない生物だけが適応種として進化し、その結果現在も生きている。ところが、原子力発電所から放出される人工放射性物質は、自然放射性物質と違って、生物が長い進化の過程で一度も遭遇したことのない放射能であるから、生物はまったく適応できず、自然放射能には見られなかった無選択な取り込みや驚くほどの濃縮が起こり、食物連鎖によってさらに放射性物質は濃縮されていく。生命が新しくさらされる危険である。

人工放射性物質が人間の体内に取り込まれる速度や濃縮の程度、さらに体内組織のどの部分でどの程度の被ばくが続くのかといった人工放射性物質の人体内の挙動については、十分解明されていない。むしろ明らかにされてきたことは、生命への危険を一層大きく評価しなければならない新たな事実ばかりである。

4  実効線量当量という考え方があるが、実効線量当量はあくまでも推測値であり、様々な仮定に基づき設定した計算式に、これも推測に基づく変数(パラメータ)を当てはめて計算されたものである。

放射能の単位を線量当量に置き換えるのは難しい作業であり、放射性物質の体内での挙動が明らかになる都度、評価方法を検討し直すべき事項である。実効線量当量は、人体の一部に蓄積された放射能であっても全身への影響に換算する方式をとっており、局部の線量当量を実際よりも低く見せる。現状の実効線量当量は、集団における平均的な被ばくを推測しているにすぎず、今後も大幅な見直しが必要な不正確な推測値であるから、これを頼りに安全性を判断することは適切ではない。

泊原子力発電所から放出される放射性物質についての実効線量当量の評価は、気体放射性廃棄物では、大気中で一様に拡散して希釈されるという仮定に支えられているが、山と海が接近して複雑な地形となっている発電所の設置場所やその周辺地域には、この仮定は妥当しない。液体放射性廃棄物では、放水口の濃度と同じと仮定しているが、液体放射性廃棄物中には不溶性、吸着性の物質が含まれているから、これらの物質の作用によって液体放射性廃棄物の均一な希釈が妨げられ、周辺の海水中や海底に予測よりもはるかに高濃度の液体放射性廃棄物が貯留して存在することも、十分考慮されなければならない。いずれの仮定も根拠を欠くものであり、放射性廃棄物による被ばく線量を正確に評価することは困難である。

5  以上から明らかなように、泊原子力発電所が操業されれば、事故などが仮になくても、日常的に放出される放射性物質による汚染のおそれがあり、原告らはその恐怖におびえながら暮らさなくてはならない。

二  放射性物質の放出についての規制と監視

1  ICRPの勧告

(一) 国際放射線防護委員会(ICRP)は、一九二八年(昭和三年)、第二回国際放射線医学会総会において設立された非政府機関であり、放射線医学、放射線防護学、物理学、保健物理学、生物学、遺伝学、生物化学、生物物理学などの領域から国籍に関係なく選ばれた専門家の委員によって構成されている。ICRPは、放射線防護の基礎となる基本原則を検討し、各国の放射線防護の関係機関や専門家に一般的指針を提供することを目的として、最新の科学的知見及び新しい技術に基づき、放射線防護に関する勧告や報告を行っている。

ICRPは、世界保健機構(WHO)や国際原子力機関(IAEA)と公的な関係を確保しており、さらに、国連原子放射線の影響に関する科学委員会(UNSCEAR)、国際労働機関(ILO)などとも協力関係にある。

ICRPは、設立以来、一九九二年(平成四年)四月までに六一の放射線防護に関する勧告、報告を行っている。ICRPの勧告に拘束力はないが、国際機関や各国において権威あるものとして尊重され、各国の放射線防護関連基準は、ICRPの勧告を規範として設定されているのが実情である。

(二) 一般に、放射線防護の目的は、放射線、原子力の適正な利用に伴う環境の保全を図り、人体の安全を確保することにあるとされる。ICRPが示している放射線防護の目標は、<1>利益をもたらすことが明らかな放射線被ばくを伴う行為を不当に制限することなく人の安全を確保すること、<2>個人の確定的影響の発生を防止すること、<3>確率的影響の発生を減少させることである。

ICRPは、一九七七年(昭和五二年)に、放射線防護に関する基本原則として、次のような線量制限体系を勧告した。すなわち、<1>正当化=いかなる行為も、その導入が正味でプラスの利益を生むのでなければ採用してはならない。<2>最適化=すべての被ばくは、経済的及び社会的な要因を考慮に入れながら、合理的に達成できる限り低く保たなければならない。<3>線量当量限度=個人に対する線量当量は、ICRPがそれぞれの状況に応じて勧告する限度を超えてはならない。

各原則の具体的な内容は、<1>の正当化は、原子力の開発、利用など放射線被ばくを伴う行為の際の意思決定において、考えている行為及び可能性のある代替法のそれぞれに伴うすべての利益とすべての害とを考慮して、正味で少しでも利益をもたらさなければその行為を決定してはならないということである。<2>の最適化は、正当化された行為に対し適用されるもので、放射線防護をどの程度行って被ばくする線量を低減すれば最適であるかの判断をすることである。<3>の線量当量限度は、行為が正当であり防護が最適化されていても、作業を行う人々の被ばくが高く、ある特定の人々に犠牲を強いることがあってはならないため、また、行為が行われることにより行為と直接の関係のない一般公衆に容認できないと考えられる被ばくを与えてはならないため、被ばくの限度を定めるものである。

ICRPのこの勧告は、昭和六一年に行われた広島、長崎の原爆線量の見直しや、昭和六三年のUNSCEAR報告、平成二年の電離放射線の生物学的影響に関する委員会報告などの放射線の影響に関する最新の知見に基づき、一九九〇年(平成二年)に改訂された。

(三) ICRPは、一九七七年勧告で、公衆について社会的に容認できる線量限度、すなわち、現在の知識に照らして身体的障害及び遺伝的障害の発生する確率を無視しうる程度の線量を、実効線量当量で、一年間につき五ミリシーベルト(主たる線量限度)、生涯平均では一年間につき一ミリシーベルト(補助的線量限度)とすることを勧告した。この線量限度は、放射線によるリスクを、日常生活で安全と考えられている行為、例えば汽車、電車などの公共輸送機関を利用する場合のリスク(死亡率)と同程度とするように設定されている。

その後、ICRPは、一九八五年(昭和六〇年)のパリ声明で、主たる線量限度を一年間につき一ミリシーベルトと改め、補助的線量限度を生涯を通じて年平均が一ミリシーベルトを超えない場合に短期的に年間五ミリシーベルトまで許されると改めた。

ICRPは、一九九〇年勧告では、新しい知見に基づいて、一般公衆の線量限度(実効線量限度)を原則として一年間につき一ミリシーベルトと定め、特別な状況下では、五年間の平均で年間一ミリシーベルトを超えないという条件の下に一年間の実効線量がこの限度を上回ることが許されるとした。この一般公衆の線量限度を定めるに当たっては、一九七七年勧告で用いられていた方法に代えて、受容できない損失の最下限が検討され、また、自然放射線被ばくの変動の大きさが年間一ミリシーベルトであることに着目して、年間一ミリシーベルトという基準が採用された。ここでいう損失は、死亡率、死亡による時間損失、平均余命の損失などを放射線リスクによる損害として考慮に含めながら、総合的に判断した結果の合計である。

2  わが国の法令による規制

(一) 原子炉等規制法三五条一項三号に基づき「実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則」(実用炉規則。昭和五三年通商産業省令七七号)一五条は、放射性廃棄物の廃棄に関し、気体状の放射性廃棄物の放出については、排気口又は排気監視設備において排気中の放射性物質の濃度を監視することにより、周辺監視区域(管理区域の周辺の区域であって、その区域の外側のいかなる場所においてもその場所における線量当量が通商産業大臣の定める線量当量限度を超えるおそれのないもの)の外の空気中の放射性物質の濃度が通商産業大臣の定める濃度限度を超えないようにすることと定め、液体状の放射性廃棄物の放出については、排水口又は排水監視設備において排水中の放射性物質の濃度を監視することにより、周辺監視区域の外側の境界における水中の放射性物質の濃度が通商産業大臣の定める濃度限度を超えないようにすることと定めている。

通商産業大臣は「実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則の規定に基づく線量当量限度等を定める件」(実用炉線量当量告示。平成元年通商産業省告示一三一号)八条で、この濃度限度を定めている。

(二) そして、実用炉規則一条二項六号、実用炉線量当量告示二条は、周辺監視区域外の線量当量限度について、実効線量当量で一年間(四月一日を始期とする一年間)につき一ミリシーベルト、皮ふ又は眼の水晶体の組織線量当量はそれぞれ一年間につき五〇ミリシーベルトと定めている。

この線量当量限度の定めは、ICRPの一九七七年勧告、一九八五年パリ声明を尊重し、放射線審議会の審議を経て、それまでの関係法令を改正したものである。

(三) 以上のように定められた廃棄に関する濃度限度や周辺監視区域外の線量当量限度について違反が認められる場合には、原子炉等規制法三六条一項により、通商産業大臣は、原子炉設置者に対し、原子炉施設の停止その他保安のために必要な措置を命ずることができる。

3  原子力安全委員会の指針

(一) ICRPが、放射線防護に関する基本原則として、不必要な被ばくをできるだけ避けるため、被ばく線量は経済的及び社会的な要因を考慮に入れたうえで合理的に達成しうる限り低く保つべきであるとする勧告を行っていることを踏まえて、わが国の原子力発電所についても、周辺公衆の被ばく線量をできるだけ低く保つため「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針」(線量目標値指針。昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定、平成元年三月二七日原子力安全委員会改訂)が定められている。

この指針は、通常運転時に原子力発電所から放出される放射性物質により周辺公衆が受ける実効線量当量(気体廃棄物については放射性希ガスからのガンマ線による外部被ばく及び放射性ヨウ素の体内摂取による内部被ばく、液体廃棄物については海産物を摂取することによる内部被ばくによるもの)の目標値を、法令で定める線量当量限度の二〇分の一に当たる年間〇・〇五ミリシーベルトとしている。

(二) 線量目標値指針は、設定した線量目標値は周辺監視区域外の線量当量限度及び周辺監視区域外における放射性物質の濃度限度の規制値に代わるものではなく、努力目標値であって、この線量目標値が達成できないことをもって運転停止、出力制限などの措置を必要とするような安全上の支障があると解すべきものではないとしている。

しかし、指針は同時に、標準的な年における気象条件の下でも線量目標値を超える場合であって、かつ、その後においても繰り返し線量目標値を超えるおそれがある場合には、線量目標値を達成するよう放射性物質の放出方法の改善、設備の改善などに努めることともしており、実際には、泊原子力発電所の一号機、二号機の設置及び設置変更の許可に際しても、線量目標値が実効的な値として機能している。

4  実効線量当量とモニタリング

(一) 実効線量当量と補助的な規準

実効線量当量は、人体の臓器、組織の吸収線量を基準に、線質、照射部位、照射部位の感受性を考慮して影響を数値化したものであるが、一般公衆の臓器、組織の吸収線量を直接測定することは、現実的ではない。そこで、実効線量当量限度あるいは線量目標値を守るうえで利用できる実用的な基準が必要になる。このような観点から、基本的な線量限度である実効線量当量限度に対し、放射線の管理あるいは環境の管理に利用しやすい補助的な規準が設定されている。

すなわち、実用炉線量当量告示一〇条では、外部被ばくについては一センチメートル線量当量をもって実効線量当量と見なし、内部被ばくについては放射性物質の種類に応じて吸入又は経口による年摂取限度の摂取量を定め、その量を摂取することが五〇ミリシーベルトの線量当量の放射線に被ばくすることに相当するものとして実効線量当量を算出することとしている。外部被ばくについての一センチメートル線量当量とは、人体組織と等価性を持つ物質で作られた直径三〇センチメートルの球に放射線を照射したときの、球の表面から一センチメートルの深さにおける線量当量である。内部被ばくについての年摂取限度は、ある放射性核種の摂取による預託実効線量当量が実効線量当量限度に等しくなるような摂取量として計算されたものである(すなわち、預託実効線量当量とは、体内に取り込まれた放射性核種により個人が受ける一定期間(成人の場合五〇年)の総積算線量を摂取時に被ばくしたものと見なす実効線量当量である)。また、実用炉線量当量告示八条は、気体状及び液体状の放射性廃棄物の廃棄に関し、放射性物質の種類に応じて、周辺監視区域外の空気中及び水中の三か月平均の濃度限度を定めている。この濃度限度は、この濃度を一年間連続して摂取した場合に一ミリシーベルトの線量当量の放射線に被ばくすることに相当するものとして計算されたものである。

線量目標値については「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針」(線量目標値評価指針。昭和五一年九月二八日原子力委員会決定、平成元年三月二七日原子力安全委員会改訂)が、平常運転時の原子炉施設周辺の線量当量を評価するため、放射性物質の放出量とそれによる線量当量の評価に使用する標準的な計算モデルとパラメータを定めている。このパラメータのうちには、海産物の濃縮係数(一定濃度で特定の放射性核種を含む海水中で、生息する海生生物によるその核種の取り込みが平衡に達したときの、海生生物の体内の放射性核種濃度と海水中の放射性核種濃度との比)も含まれている。

この指針は、現在における知識と経験を基に現実的観点に立って定められたものであり、新たな知見や運転経験の蓄積などに応じて、計算モデルやパラメータは見直されるべきものであるとする。そして、線量目標値指針は、発電用軽水炉の通常運転時における放射性物質の放出の管理に当たっては、線量目標値の達成を可能とする範囲内の年間放出量又は平均放出率を放出管理の目標値として定め、これを超えることがないよう努めることとしている。

(二) モニタリング

被ばく線量を評価するための手段として、放射線の量や放射性物質の濃度を連続的に又は一定の頻度で測定し、監視することが行われる。これがモニタリングである。

原子力発電所が運転を開始した後、実効線量当量限度に適合しているかどうかを判断するためには、外部被ばくについては一センチメートル線量当量を、内部被ばくについては放射性核種ごとに年間の摂取量を知る必要がある。しかし、公衆の構成員について、個別的かつ直接的な計測方法を採用することは現実的ではない。そこで、通常は原子力発電所周辺の環境を監視し、周辺住民の外部被ばく及び内部被ばくの量を推定する方法により、その実効線量当量を評価する方法(環境モニタリング)が採られている。

どのような核種について何をモニターするか、どのような被ばく経路を想定するかという点では、原子炉の運転によって発生し、周辺の住民に影響を与えると考えられる主要な核種及び線種を対象とし、その被ばく経路も基準となる住民の標準的な生活形態を基にある程度限定することにならざるをえない。線量目標値評価指針は、外部被ばくと呼吸摂取については、原子炉施設周辺でそれぞれ最大の被ばくを与える地点に居住する人を対象とし、食物摂取については、集落における各年齢グループの食生活の態様が標準的である人を対象として実効線量当量の評価を行うものとする。被ばく経路に関しては、放射性希ガスの放射性雲からのガンマ線による外部被ばく、液体廃棄物中の放射性物質を含む海産物の摂取に伴う内部被ばくと、呼吸摂取、葉菜摂取及び牛乳摂取に伴う気体廃棄物中の放射性ヨウ素による内部被ばくを、線量当量評価の範囲とする。液体廃棄物中の放射性物質は、トリチウムを除き、コバルト60、マンガン54、ヨウ素131、セシウム137など一〇種の核種で組成されているものとして計算することとしている(外部被ばくについて補足すると、アルファ線は、放射線に対する感受性がない皮膚の角質層の厚み程度で遮られる。ベータ線は、そのエネルギーによっては角質層で遮ることはできないが、原子炉施設から放出される放射性物質には高いエネルギーのベータ線を放つものは少ないので、皮膚などの表面組織を除けば人体に与える影響は少ないとされている)。

(三) 線量目標値に関する大気拡散の評価

原子力発電所からの排気中の放射性物質の量を基にして、廃棄物を原因とする外部被ばく及び内部被ばくを評価するためには、排気筒から放出される放射性物質が大気中でどのように拡散するかが問題となる。

この点につき「発電用原子炉施設の安全解析に関する気象指針」(昭和五七年一月二八日原子力安全委員会決定、平成元年三月二七日、平成六年四月二一日改訂)は、発電用原子炉施設の平常運転時及び想定事故時における線量当量評価に際し、大気中における放射性物質の拡散状態を推定するために必要な気象観測方法、観測値の統計処理方法及び大気拡散の解析方法を定めている。この指針も、現在における知識と経験を基礎に実際的な利用を考慮して定めたものであり、今後の経験と新しい知見により有益な情報が得られた場合には、見直される性格のものであるとされる。

指針によれば、線量当量評価に直接関連する気象資料を得るために、通常観測として風向、風速、日射量及び放射収支量を継続して観測し、観測により得られた気象データを拡散の計算式に当てはめて、原子炉施設周辺における放射性物質の年間平均濃度を計算する。

この計算に関し基本とされる拡散式は、風向、風速その他の気象条件がすべて一様に定常であって、放射性物質が放出源から定常的に放出され、かつ、地形が平たんであるとした場合には、放射性物質の空間濃度分布が水平方向、鉛直方向ともに正規分布になるものと仮定した拡散式である。

この基本拡散式から地表空気中濃度を求める計算式が導かれるが、拡散に建屋の影響がある場合には、その影響を考慮した計算式を用いる。また、排気筒がある場所の周辺の模型を用いた風洞実験の結果により補正の必要がある場合には、適切な補正をすることとしており、指針はその例として、敷地の地形が複雑な場合又は放出源に対する建屋の影響が著しいと予想される場合における地表空気中濃度を推定するための風洞実験を挙げている。その具体的な内容は、地形模型によって着目方位における地表空気中濃度分布を測定するとともに、平たん地形模型を使って数種の放出高について地表空気中濃度分布を測定し、両者を比較するもので、この結果を基に、例えば平たんな地形に排気筒が存在しているとした場合の放出源高さを求め、拡散式中でこの放出源高さを使用すれば、地形などの影響を受けた濃度を算定することができるとしている。

三  泊原子力発電所からの放射性物質の放出

1  放出される放射性物質の管理と監視

(一) 気体廃棄物の放出

(1) 泊原子力発電所で発生する主な気体廃棄物には、一次冷却材抽出水から脱ガス装置で溶存気体を分離する際に分離される放射性ガス、その抽出水をいったん貯留するための冷却材貯蔵タンクから排出される窒素のカバーガス、一次冷却材を浄化する際に発生する水素廃ガス、原子炉建屋や原子炉補助建屋などの換気空気がある。

燃料被覆管に欠陥が存在し、かつ、一次冷却材が一次冷却系の外へ漏出した場合には、その中の放射性の希ガスやヨウ素などが一部空気中に移行する。また、空気に含まれるアルゴンは、その一部が原子炉容器外周部でアルゴン41となり、換気空気に混在する。さらに、定期検査などで燃料取替えや機器の補修を行う場合、燃料被覆管に欠陥が存在していればヨウ素などが換気空気中に移行することになる。

窒素廃ガスは、圧縮してガス減衰タンクに三〇日間以上貯留し、廃ガス中に含まれる放射性物質の放射能を減衰させた後、水素廃ガスは、水素再結合装置によって廃ガス中の水素を酸素と反応させて大部分の水素を除去し、分離した放射性ガスをガス減衰タンクに貯留して廃ガス中に含まれる放射性物質の放射能を減衰させた後、主排気筒から環境へ放出する。換気空気は、微粒子フィルタにより排気中の微粒子状の放射性物質を補そくした後(格納容器減圧系統、試料採取室排気系統には、ヨウ素フィルタも設置されている)、主排気筒から環境へ放出している。

このほか、雑固体焼却設備で焼却する場合に発生する排ガスは、フィルタを通した後、焼却炉煙突から放出され、アスファルト固化装置からの排ガスは、フィルタを通した後、廃棄物処理建屋排気口から放出される。

(2) このように気体廃棄物を主排気筒、焼却炉煙突、廃棄物処理建屋排気口から環境へ放出するに当たっては、ガスモニタ、じんあいモニタにより、放出する排気中の放射性物質の濃度を連続測定し、その測定結果が中央制御室に指示、記録される。放射能レベルがあらかじめ定められた値を超えた場合には、中央制御室に警報が発信され、運転員の注意を喚起し、必要に応じて適切な措置をとりうるようにしている。

このほか、ガス減衰タンク及び水素再結合ガス減衰タンクの気体廃棄物を放出する場合には、あらかじめサンプリング分析による放射能の測定を行い、放出する放射性物質の濃度を確認している。また、気体廃棄物中の放射性のヨウ素、トリチウムと粒子状物質については、ガスモニタなどの付近に連続サンプリングができる試料採取装置を設置し、定期的にそれらの濃度を測定している。

(二) 液体廃棄物の放出

(1) 泊原子力発電所で発生する主な液体廃棄物は、一次冷却材ドレン(排水)である。化学体積制御設備においては、一次冷却材中のホウ素濃度を調整する際に一次冷却材を抽出するので、一次冷却材中に現れた放射性物質が一次冷却系の外へ出ることになる。

このような一次冷却材ドレンは、いったん冷却材貯蔵タンクに集めてろ過装置により固形分を除去し、ホウ酸回収脱塩装置内でイオン交換樹脂と接触させてホウ酸以外の不純物を除去するとともに、脱ガス装置で溶存気体を分離し(これは、気体廃棄物として処理)、ホウ酸回収装置で一次冷却材ドレンを加熱し蒸発処理することにより、溶解しているホウ酸を濃縮する一方、蒸気は冷却して蒸留水にする。さらに、ホウ酸蒸留水脱塩塔により蒸留水に少量含まれるホウ酸を除去する。

一次冷却材ドレンから分離されたホウ酸濃縮液は、原則として再使用する。蒸留水は、いったんタンクに貯留した後、再使用するか、環境へ放出する。環境へ放出する場合には、復水器冷却用の海水に混合、希釈して、放水口から放出する。

このほかの液体廃棄物も、ろ過装置により固形分を除去し、不純物を濃縮廃液として分離した後(これは、固体廃棄物として処理)、取り出された蒸留水や透過水が復水器冷却用の海水に混合、希釈されて、放水口から環境へ放出される。

(2) このように液体廃棄物を放水口から環境へ放出するに当たっては、タンクにおいてサンプリング(試料採取分析)により放射性物質の濃度を測定するほか、廃棄物処理設備排水モニタにより、放出する液体中の放射性物質の濃度を連続測定し、その測定結果が中央制御室に指示、記録される。放射能レベルがあらかじめ定められた値を超えた場合には、中央制御室に警報が発信され、運転員の注意を喚起し、必要に応じて適切な措置をとりうるようにしている。

2  環境モニタリング

(一) 環境放射線の監視

被告は、昭和六一年二月、北海道と泊村、共和町、岩内町、神恵内村の四か町村との間で、原子力発電所周辺における地域住民の健康を守り、生活環境の保全を図る目的で「泊発電所周辺の安全確保及び環境保全に関する協定」を締結した。この安全協定に基づいて泊発電所環境保全監視協議会が設置され、同年三月二七日に「環境放射線監視及び温排水影響調査基本計画」が策定された(平成二年六月二五日、平成八年七月九日改定)。

環境放射線の監視は、この基本計画に基づき、被告と北海道とによって次のように実施され、その監視結果は、四半期ごとに監視協議会の技術部会が取りまとめて評価した後、北海道が公表するとともに、年度ごとには監視協議会が公表している。

(二) 外部被ばくのモニタリング

住民の外部被ばくによる線量当量の評価に関しては、空間ガンマ線の線量率(連続測定)、空間ガンマ線の積算線量(定期的測定)、風向、風速などの気象要素(連続測定)、放水口ポスト計数率(放射線によって生じる電気的パルスの一分間当たりの数。連続測定)を測定する。

測定のための施設として、泊村、共和町、岩内町、神恵内村の四か町村の区域に、<1>モニタリングステーション一〇か所(空間ガンマ線の線量率、積算線量と気象要素の測定を行うとともに、大気中放射性物質の採取を行うための多目的な用途を持つ野外固定施設)、<2>モニタリングポスト一〇か所(空間ガンマ線の線量率、積算線量などの測定を行うための野外固定施設)、<3>モニタリングポイント四六か所(空間ガンマ線の積算線量の測定を行うための野外固定施設)、<4>モニタリングカー二台(主としてモニタリングステーションなどの野外固定施設を補完するため、空間ガンマ線の線量率、気象要素などを四か町村内のサーベイポイント及びサーベイルートにおいて広域的に測定する移動施設)、<5>気象観測局二か所(風向、風速、雨雪量、温湿度、日射量、放射収支量などの気象要素を総合的に観測するための野外固定施設)、<6>放水口ポスト一か所(放水口における海水のガンマ線計数率を測定する固定施設)が設置されている。

モニタリングステーションとモニタリングポストでは、シンチレーション検出器により空間放射線の線量率を連続測定するとともに、熱蛍光線量計により空間放射線の積算線量を三か月ごとに測定している。これらの測定データのうち、周辺監視区域境界付近の線量率データは、テレメータ装置により集められ、泊原子力発電所の中央制御室に送られて常時監視できるようになっている。また、残る周辺地域の線量率データは、テレメータ装置により集められ、北海道原子力環境センターにリアルタイムで伝送されて連続監視されている。このほか、モニタリングポイントで積算線量を三か月ごとに測定している。放水口ポストの測定データも、テレメータ装置により集められ、北海道原子力環境センターにリアルタイムで伝送されて連続監視されている。

(三) 内部被ばくのモニタリング

住民の内部被ばくによる線量当量の評価に関しては、環境試料中の放射性核種のうち主としてコバルト60、セシウム137、ヨウ素131、ストロンチウム90、トリチウムなどの核種分析と、大気中浮遊じんの全ベータ放射能測定を行う。

環境試料としては、四か町村内の採取地点から定期的に採取された次の試料が用いられる。

(1) 陸上試料

大気中浮遊じん、降下物、陸水(河川水、水道水、地下水)、陸土、農畜産物(玄米、すいか、とうもろこし、メロン、かぼちゃ、いちご、きゅうり、アスパラガス、はくさい、キャベツ、小豆、ばれいしょ、だいこん、にんじん、生乳、鶏卵、大根葉、牧草)、指標植物(クマイザサ)

(2) 海洋試料

海水、海底土、海産物(すけとうだら、ほっけ、かれい、いかなご、そい、あぶらこ、いか、たこ、えび、なまこ、うに、あわび、ほたて、わかめ、こんぶ。平成九年度調査から、さけ、ひらめを追加)、指標海生生物(ほんだわら、いがい)

3  周辺環境の放射線監視結果

(一) 被告と北海道は、前記の基本計画に基づいて昭和六一年九月から事前調査を開始し、昭和六三年一〇月からは、泊原子力発電所一号機の試運転開始に伴う環境放射線監視を実施している。

昭和六三年度の空間ガンマ線の環境試料中の放射能の調査結果は、事前調査期間の測定値と同程度であり、発電所に起因する放射性物質の環境への影響は認められなかった。

昭和六三年度の監視結果に基づき、四半期ごとの積算線量を合計して推定した外部被ばくによる実効線量当量は、最も高いもので約〇・五四ミリシーベルトであったが、線量率の測定結果では発電所に起因する影響は認められていないことから、これは自然放射線によるものと推定された。内部被ばくについては、測定された各試料中の放射能濃度の最大値を用いて推定した結果、内部被ばくによる預託実効線量当量の合計は約〇・〇〇二三ミリシーベルトであった(預託実効線量当量は、ある期間内に吸収された核種による将来の一定時期までの被ばくの積算量を、測定時点で被ばくしたものと見るものであるから、実際にその年に被ばくした量よりも大きな値となる)。環境試料からは人工核種が検出されたが、その測定値は過去の測定値と同程度又はそれ以下であったことから、これらの人工核種はいずれも、過去の核爆発実験やチェルノブイリ事故の影響によるものと考えられた。

さらに、泊原子力発電所の運転状況報告に基づく放射性物質放出量を用いて、線量目標値評価指針に従い推定した実効線量当量は、〇・〇〇〇〇〇二六ミリシーベルトであり、線量目標値である〇・〇五ミリシーベルトを下回った。

(二) 平成元年度から平成八年度までの監視結果においても、各年度の調査結果は過去の測定値と同程度であり、発電所に起因する周辺環境の異常は認められなかった。

昭和六三年度以降の各年度の監視結果に基づく外部被ばくによる実効線量当量と、内部被ばくによる預託実効線量当量は、次のとおりである(単位はミリシーベルト)。

(外部被ばく) (内部被ばく) (合計)

昭和六三年度 〇・五四 〇・〇〇二三 〇・五四二三

平成元年度 〇・五〇 〇・〇〇一五 〇・五〇一五

平成二年度 〇・四九 〇・〇〇一六 〇・四九一六

平成三年度 〇・五〇 〇・〇〇一六 〇・五〇一六

平成四年度 〇・四九 〇・〇〇一五 〇・四九一五

平成五年度 〇・五〇 〇・〇〇一三 〇・五〇一三

平成六年度 〇・四七 〇・〇〇一六 〇・四七一六

平成七年度 〇・四六 〇・〇〇一七 〇・四六一七

平成八年度 〇・四六 〇・〇〇一六 〇・四六一六

また、昭和六三年度以降の各年度につき、泊原子力発電所の運転状況報告に基づく放射性物質放出量を用いて、線量目標値評価指針に従い推定した実効線量当量は、次のとおりであり(単位はミリシーベルト)、いずれも線量目標値である〇・〇五ミリシーベルトを下回った。

昭和六三年度 〇・〇〇〇〇〇二六

平成元年度 〇・〇〇〇〇〇二八

平成二年度 〇・〇〇〇〇一三

平成三年度 〇・〇〇〇〇〇八三

平成四年度 〇・〇〇〇〇一六

平成五年度 〇・〇〇〇〇一七

平成六年度 〇・〇〇〇〇一四

平成七年度 〇・〇〇〇〇一三

平成八年度 〇・〇〇〇〇一九

四  裁判所の判断

1  低線量の被ばくによる生命、身体への影響

低線量の放射線を被ばくした場合、それによって人体にガンなどの晩発性障害や遺伝的障害が生じるかどうかについては、十分な知見が得られていないが、人間以外の動植物に関する実験では、低線量の被ばくでも遺伝的影響が増加することが確認されており、ICRPも、晩発性障害や遺伝的影響についてしきい値の有無は不明であるとしながら、放射線防護の観点から、しきい値はないものとしてリスクの評価を行っている。したがって、泊原子力発電所から平常運転時に放出される放射性物質について周辺住民らに対する危険を判断する際にも、晩発性障害、遺伝的障害に関しては、しきい値はないものとして考えるべきである。

しかし、しきい値がないとはいっても、障害の発生する確率については線量(率)が低くなるにつれて小さくなると考えるのが相当であり、最新の知見に基づくICRPの勧告などを考慮すると、どんなに微量の被ばくであっても人体に障害が発生すると考えるべきものではない。

自然放射線による被ばくの実効線量当量、ICRPの勧告による一般公衆の線量限度、それを受けたわが国の法令による線量当量限度の規制、原子力安全委員会の設定した線量目標値などの値と対照すると、泊原子力発電所から平常運転時に放出される放射性物質の実効線量当量は、きわめて小さな値にとどまっている。したがって、これにより晩発性障害や遺伝的障害が発生する確率は無視しうる程度に小さいものと評価することができ、泊原子力発電所の日常の運転が原告らの生命、身体に侵害を及ぼす具体的な危険があるものとは認めることができない。

以下では、この点に関し、原告らが主張するいくつかの問題点について判断をする。

2  ムラサキツユクサによる実験の評価

(一) 京都大学で遺伝学を専攻していた市川定夫は、昭和四九年から昭和五二年にかけ、静岡県の中部電力浜岡原子力発電所周辺でムラサキツユクサを栽培し、二週間を単位期間として、その雄しべ毛細胞の突然変異についての観察を行った。

その結果、浜岡原子力発電所の卓越風下で栽培したムラサキツユクサの雄しべ毛細胞については、いくつかの単位期間内で比較地点よりも突然変異率が有意に高いという観察結果を得た。市川は、この結果を分析して、浜岡原子力発電所から放出される気体廃棄物中の放射性ヨウ素131が付着したり、これをムラサキツユクサが吸収して二〇〇万倍から一〇〇〇万倍に濃縮した結果、観察に表れたような雄しべ毛細胞の突然変異が生じたものと結論づけた。

原告らは、この観察と分析結果を援用して、平常運転中に放出される放射性物質、特に気体廃棄物の危険性を主張するのであるが、この市川の研究に対しては、東京大学農学部の山口彦之らが行った実験によって否定的な結論が出されている。

(二) 山口らの研究は、昭和五四年から昭和五六年までの三年間、毎年四月中旬から一〇月末までの期間、福井県の関西電力高浜原子力発電所周辺の三か所でムラサキツユクサを栽培するとともに、各種放射線測定器、気象測器と大気汚染物質測定器も設置して、ムラサキツユクサの観察と物理的測定を行った。

その結果、突然変異事象数を雄しべ毛総数で除した突然変異事象率を見ていくと、突然変異事象率の日変動は三か年とも著しく変動したが、月別及び年度別に平均すると、それらの値はほぼ等しくなった。測定された照射線量率はほとんど日変化しておらず、一日当たり七マイクロレントゲン程度の変動でしかなかったため、この程度の照射線量率の日変動が突然変異事象率の日変動の原因とは考えられず、日変動の大きい温度、日射量などの気象条件や、二酸化硫黄、窒素酸化物などの大気汚染物質が変動の要因と推定された。さらに、大橋靖雄によるデータの回帰分析の結果、平均気温が高いほど、平均気温が等しい場合は温度日較差が大きいほど突然変異事象率が小さくなる傾向が見いだされた。

また、ムラサキツユクサのつぼみ中の放射能の測定結果と、栽培地点における放射性希ガス、ヨウ素131、トリチウムなどの測定結果によると、最大照射線量、放射能濃度は非常に低く、ムラサキツユクサの突然変異倍化線量の一〇〇〇分の一から一〇〇〇万分の一程度であった。そこで、山口らは、ムラサキツユクサを原子力発電所からの放射性物質のモニタとして利用することは不可能であると結論づけた。

(三) 市川証人によれば、市川が行った実験で栽培したムラサキツユクサからは、その実験での突然変異率の増加を説明できるだけのヨウ素131は検出できなかったということであるから、山口らの実験結果とも対照すると、市川が行った実験結果によっては、原子力発電所から平常運転中に放出される放射性物質の危険性を認めることはできない。

3  自然放射線量の地域差と晩発性障害の危険

(一) 日本国内において人体が被ばくする一年間一人当たりの自然放射線の実効線量当量は、約〇・八ミリシーベルトから約一・二ミリシーベルトであり、最大で約〇・四ミリシーベルトの地域差がある。この地域差との対照において、線量目標値指針で定める年間〇・〇五ミリシーベルト、あるいは、泊原子力発電所の運転に伴う〇・〇〇〇〇〇二六ないし〇・〇〇〇〇一九ミリシーベルトという実効線量当量の値が、どのような意味を持つものであるかが問題となりうる。

この点について、原告らは、日本国内の自然放射線量の地域差程度の被ばくでも統計的にガン発生率に有意な差が現れると主張し、京都大学医学部の上野陽里の論文「ガン発生率と自然放射線レベル」をその根拠とする。

しかし、上野論文は、自然放射線レベルが高い地域と低い地域の正常な集団を調査することは、人間におけるガンのリスクを評価する強力な方法であると研究の意味を示しているが、結論としては「ガン発生率と自然放射線との明らかな相関を、観察した六期間のいずれにおいても得ることができなかった。しかし、いくつかのガンでは、自然放射線との間に有意な関係があるように見える。ごく低線量における線量効果関係は、より高線量率の場合とは異なるのかもしれない」と述べて、さらなる研究の余地を残すものとしているのであり、この論文から原告らの主張を認めることはできないし、この論文の研究を補足した研究は出されていない。

(二) 諸外国では、自然放射線量の地域差に着目し、自然放射線レベルとガン死亡率を比較する各種の調査研究が行われているが、現在までの報告に関する限り、全体として自然放射線レベルとガン死亡率の間には正の相関関係は見いだされていない。

わが国の都道府県あるいは市町村別の自然放射線レベルとガン死亡率に着目した調査としては、放射線医学総合研究所の岩崎民子らが、平成二年一一月にイランで開かれた高レベル自然放射線に関する国際会議において「日本における自然放射線レベルの地域差とがん死亡率」と題した報告を行っている。この報告では、自然放射線の線量率(単位時間当たりの照射線量)が測定されている七七六の市町村を線量率により低線量群(一時間当たり七・五マイクロレントゲン以下)、中線量群(一時間当たり七・六ないし一〇・五マイクロレントゲン)、高線量群(一時間当たり一〇・六マイクロレントゲン以上)の三群に分け、都市化の程度を考慮したうえで、それぞれの群のガン死亡率を比較しているが、全ガンと三五部位のガンについて線量率が高くなるにつれて死亡率が上昇するという関係は見いだせなかったとし、最終的に、自然放射線とガン死亡率の間には、線量が年間〇・三ないし一・二五ミリグレイのように低い場合には、検出可能な相関は存在しないとの結論が導かれるとしている。この年間〇・三ないし一・二五ミリグレイという放射線量は、線量目標値評価指針で用いられる換算係数によって実効線量当量に換算すると、年間〇・二四ないし一・〇ミリシーベルトに相当する。

これらを見る限り、わが国の自然放射線の地域差程度(約〇・四ミリシーベルト)の放射線の被ばくによってガン死亡率が上昇するものとはいえない。

また、スパローらの研究により、ムラサキツユクサの雄しべの毛に生ずる突然変異について、エックス線で二・五ミリグレイの照射線量まで直接関係が成り立つことが示されているが、人の細胞とムラサキツユクサの雄しべ毛の細胞とでは細胞の種類、感受性、防御機能などが異なるから、低線量における影響の程度、確率を人の場合にも同一に考えることはできない。

(三) したがって、わが国の自然放射線量の地域差程度の被ばくで晩発性障害や遺伝的障害の発生率が高くなるということはできず、被ばく量の個人差という点を考慮しても、それよりも低い線量目標値程度の放射線の被ばく、あるいは、さらにそれを下回る泊原子力発電所の運転に伴う放出放射線の被ばくについても、それが晩発性障害や遺伝的障害の発生に影響を与えるものということはできない。

4  内部被ばくの評価に関する問題

(一) 市川証人は、大気中のヨウ素は植物体内に取り込まれて二〇〇万倍から一〇〇〇万倍にも高濃縮されるというアメリカの報告(いわゆるマーター報告)があり、また、自然の放射性物質については、生物は放射能を持たない同位体とひとまとまりとして長期間体内に蓄積しないようにするなどの対応を身に付けているので、内部被ばくの問題を生じないが、人工の放射性物質については、それを体内に蓄積してしまう仕組みになっていることが多々あり、その場合には自然の放射性物質の場合と比較して内部被ばくの問題が生じると述べ、これが原告らの主張の根拠となっている。

(二) 放射性物質の人体内への移行率、人体内での濃縮率、人体内での挙動などについては、ICRPが最新の知見に基づき「パブリケーション三〇」という勧告を行っている。

わが国の実用炉線量当量告示は、ICRPパブリケーション三〇に基づき、原子力発電所から放出されうる放射性物質で生命、身体に影響を及ぼすと考えられる主要な放射性物質について、化学的形態を考慮して網羅的に摂取限度を定め、線量目標値評価指針は、ICRPパブリケーション三〇に基づく計算モデルやパラメータを用いて、実効線量当量を計算するものと定めている。

(三) 実効線量当量の算定において、ICRPパブリケーション三〇は包括的で最も完成度が高いものと評価され、その勧告に基づく計算モデルやパラメータが世界中で広く使用されている。

市川証人の述べるところは必ずしも具体的ではなく、現在において、ICRPパブリケーション三〇を超える知見は得られていないから、この点についての原告らの批判を採用することはできない。

5  実効線量当量を評価する際の問題

(一) 実効線量当量は、実測値ではなく、様々な評価の上に成り立つ評価値である。市川証人は、実効線量当量の計算に使用されるパラメータは今後の研究によって桁が変わる変化をすることがありうるものであり、そうなれば、実効線量当量の評価について現在のものから一桁から三桁は変わることも理論的にはありうると述べる。

確かに、線量目標値評価指針が自らいうように、計算モデルやパラメータは常に最新のものとなるよう見直されるべきものであり、パラメータの変化によっては実効線量当量の計算結果が大きく異なることもありうるが、市川証人の述べるところは、具体的な根拠に基づくものではない。一方、線量目標値評価指針は、これによって評価した実効線量当量が線量目標値に適合する場合には、線量計算の諸条件の変動を考慮に入れても、すべての被ばく形態による一般公衆の実効線量当量と組織線量当量が法令に定める周辺監視区域外の線量当量限度を十分下回るように、パラメータの変化に対して安全側に余裕を持たせて定められている。

したがって、この点についての原告らの指摘は一般論以上のものではなく、実効線量当量の考え方、あるいは線量目標値評価指針による評価方法が、安全性の判断に関して意味を持たないということはできない。

(二) 気体廃棄物の拡散に関しては、発電用原子炉施設の安全解析に関する気象指針に基づき仮定された基本拡散式を基に、建物、地形などによる影響を放出源高さを用いることで補正した計算式を使って、放射性物質の地表空気中の濃度が計算されている。

このような基本拡散式に放出源高さによる補正を加えるという計算方法には一応の合理性があるものと認められ、泊原子力発電所では地形による影響を補正するために地形模型を作成して風洞実験を行い、実効線量当量の評価に当たっては拡散の評価地点のうち最も放射性物質の空気中濃度が高い地点の濃度を基にしていることも考慮すると、これを根拠を欠く仮定の計算方法であるということはできない。

液体廃棄物についての原告らの主張も、一般的な可能性を指摘するものにとどまり、放水口における放射性物質の濃度による評価を合理性のないものということはできない。

第五  放射性廃棄物の処理方法に伴う危険

一  原告らの主張

1  原子力発電所から出される固体の低レベル放射性廃棄物の大部分は、ドラム缶にコンクリート詰めされ、発電所の敷地内に貯蔵されている。したがって、ドラム缶が腐食して放射性物質が染み出し、地下水を汚染することは十分ありうる。

一〇〇万キロワットの原子力発電所では、一年間に約三〇〇立方メートルの低レベル放射性廃棄物の固化体が発生するといわれている。この廃棄物は原子力発電所を運転し始めた当初の予想を大幅に上回るペースで増加しており、全国では毎年ドラム缶五万本以上が増加し、貯蔵建屋を増設しても追い付かないほどといわれている。廃棄物が貯蔵建屋からはみ出している原子力発電所に対しては、これ以上の廃棄物は置かないでほしいとする自治体さえ出てきており、事態は深刻である。現在、政府は青森県六ケ所村などに集中的に貯蔵することを考えているようであるが、最終的な処理、処分の方法は現在でも確立されていない。

2  原子力発電所では一年間に三分の一ずつ使用済みの核燃料を取り替え、再処理工場に運んで燃え残りのウランとプルトニウムを取り出す。その際に出る高レベル放射性廃棄物は、低レベル放射性廃棄物と同様に六ケ所村などに持ち込むものとしている。

しかし、大変な発熱量と高い放射能レベルを保っている高レベル放射性廃棄物は、管理し続けること自体が困難で、大きな危険をはらんでいる。ガラス固化する計画も出されているが、ばく大で寿命の長い放射能のために多くの問題を抱えたまま、確実な方法が見つかっていないのが実情である。

3  このように、放射性廃棄物の処理、処分の安全で確実な方法が見つかっていない現在、先の見通しもないまま泊原子力発電所を運転するのは、無謀としかいいようがない。

二  泊原子力発電所における放射性廃棄物の処理

1  固体廃棄物の処理

泊原子力発電所で発生する主な固体廃棄物には、一次冷却材の浄化処理や液体廃棄物の処理の過程で使用した脱塩装置の使用済み樹脂、液体廃棄物の処理の過程で発生し固化処理した濃縮廃液、機器の点検や修理の際に一次冷却材に触れて放射性物質が付着した布切れなどの雑固体廃棄物、使用済み換気用フィルタ、使用済み液体用フィルタなどがある。

使用済み樹脂は、原子炉補助建屋内の貯蔵タンクに貯蔵する(将来、固化材と混合してドラム缶詰めにした場合は、固体廃棄物貯蔵庫に保管する)。濃縮廃液は、アスファルトと混合加熱し、水分を蒸発させてドラム缶詰めにする(この際に蒸発分離された水分は、復水として液体廃棄物処理設備に送る)。雑固体廃棄物は、可燃性のものは焼却した後、その焼却灰をドラム缶詰めにし、不燃性のものは、そのまま又は圧縮により容積を減らしてドラム缶詰めにする。使用済み換気用フィルタは、圧縮により容積を減らしてドラム缶詰めにするか、又は放射性物質が飛散しないようにこん包する。使用済み液体用フィルタは、必要に応じて内側にコンクリートを張ったドラム缶に詰める。

ドラム缶詰めにし、又はこん包した固体廃棄物は、最終的な処分までの間、鉄筋コンクリート造りの固体廃棄物貯蔵庫で貯蔵される。

2  使用済み燃料の処理

原子炉建屋内の燃料取扱棟に、ホウ酸水が満たされた使用済み燃料ピットが二か所設けられており、取り替えられた使用済み燃料は、炉心からこのピットに移して貯蔵される。使用済み燃料ピット一か所当たり、六九〇体の燃料集合体を貯蔵できる。使用済み燃料ピットは鉄筋コンクリート造りで、壁は遮へいを考慮して十分厚くしてあり、壁の内面は、漏水の防止と保守を容易にするためにステンレス鋼板で内張りがしてある。

使用済み燃料ピット内には、原子炉容器から取り出した使用済み燃料を鉛直に保持してホウ酸水中に貯蔵するための使用済み燃料ラックが設置され、ラックのセルに燃料集合体を一体ずつ挿入する。使用済み燃料ラックは、所定の位置以外には燃料集合体を挿入できず、適切な燃料集合体の間隔を維持することにより十分な未臨界を確保することができる構造になっている。

ほかに、使用済み燃料の崩壊熱を除去するためにホウ酸水を冷却し、また、ホウ酸水中の不純物を除去する設備として、使用済み燃料ピット水浄化冷却設備が設けられている。

三  裁判所の判断

1  固体廃棄物は、ドラム缶に詰められ、又はこん包されたうえ、最終的な処分までの間、鉄筋コンクリート造りの固体廃棄物貯蔵庫において貯蔵されている。被告は定期的に保管状況を確認したり、貯蔵庫内の線量当量率などを測定して異常がないことを確認しているから、現状では、低レベル放射性廃棄物が貯蔵庫外部にまで漏れ出すことが差し迫った状況にあるとは考えにくい。

アスファルト固化の方法を用いている点について、証人槌田敦は、動力炉・核燃料開発事業団のアスファルト固化施設で強い酸を含む廃棄物をアスファルトと混ぜたことにより発火したという事故を例にして、問題点を指摘しているが、泊原子力発電所では、強い酸を含むような酸液ドレンの場合は、中和処理をした後、ドラム缶内でセメントによって固化処理をしているのであり、濃縮廃液を対象にアスファルト固化をすることに危険性があるとはいえない。

2  貯蔵された固体廃棄物や使用済み燃料が、今後、どのような方法で処理されていくのかは明らかでない。長期的な展望の下に、低レベル放射性廃棄物や使用済み燃料の処理体制の確立を図ることが重要な課題として残されてはいるが、現状では、泊原子力発電所の固体廃棄物貯蔵庫や使用済み燃料ピットには余裕があり、その廃棄物処理について、原告らの生命、身体に侵害を及ぼすような具体的な危険があるものとは認められない。

第六  原子力発電所の事故による危険

一  原告らの主張

1  チェルノブイリ事故の影響について、米国カリフォルニア大学名誉教授のゴフマン博士は、この事故によるセシウム放出によって実際に沈積したセシウム137が一九九万キュリーである場合と一三三万キュリーである場合の二つのケースを想定して、セシウムのみによる影響を解析した。それによると、今後全世界での発ガン数はそれぞれ九七万〇五〇〇人及び六四万七三〇〇人で、この評価に従えば、全世界で三〇万人から五〇万人もの人々がチェルノブイリ事故のセシウムによって死ぬことになる。そのうち四五パーセントは旧ソ連国内、残りはその他のヨーロッパが中心となっている。ゴフマン博士は、この影響評価はセシウムだけのもので、実際には他の核種の影響もあるということを考えれば、ガン発生数は一〇〇万人をはるかに上回るとしている。また、ゴフマン博士の評価は、セシウムによる表面汚染の結果もたらされる外部被ばくが主で、放射能に汚染された食品を通じての内部被ばくは評価されていない。これについては、長期的に見るとむしろ内部被ばくのほうが問題になるのではないかとする学者もいる。

チェルノブイリ事故では、一億キュリー程度ではなく、一〇億キュリー程度の放射能が放出されている。事故後についての続報では、事故以前はほとんど認められなかった甲状腺異常の子供たちが増え、大人たちにも様々なガンが増えており、障害のある家畜も数多く生まれている。また、事故を起こした発電所から五キロメートルの距離にあるプリピチャの町は、今後七〇年間の封鎖が決定された。現在、事故対策に当たった作業者の死亡者数は、一万二〇〇〇人に達しているというのが世界の常識である。子供の甲状腺ガンの発病に関しても、被災から一〇年以上経過してからガンの発生が見られるとしていた従来の常識とは異なる状況が明らかになっている。

チェルノブイリ事故は、原子力発電所で大事故がひとたび起これば、発電所立地点やその周辺地域はもちろん、世界中がその影響を受けるという事実を示している。このことは、泊原子力発電所が大事故を起こした場合、日本はもちろん世界的規模で放射能汚染による大規模な被害を与える危険を示している。泊原子力発電所の放射能生産能力は、一年間の運転で広島型原子爆弾の一〇〇〇発分、あるいは投入したウランの一億倍に上る。日本の原子力発電所においても、燃料棒が溶解、落下するような事故の場合、チェルノブイリ事故以上の深刻な事態を起こすと考えられる。日本の原子力産業会議報告の計算によれば、チェルノブイリ事故の一〇分の一以下の事故で、国家予算の二倍の被害額が想定されている。

2  日本をはじめ世界中で発生した事故を細かく検討してみると、事故の経過や見掛け上の違いにもかかわらず、本質的な部分では以下のような共通点を挙げることができる。これらの共通点は泊原子力発電所にも十分存在するから、泊原子力発電所の事故の可能性を否定することはできない。

(一) 事故はシナリオ外のことから起きる。

原子力発電所の安全審査などでは、原子力安全委員会の安全設計や安全評価に関する指針に従い、いくつかの典型的な事故やトラブルを想定し、これに対処できることを安全性の条件としている。しかし、実際の事故は、ほとんど全部といってよいほど、シナリオどおりには起こっていない。むしろ、ほんのささいな、しかしシナリオ外の事柄から事故が生まれ、その展開に装置や人間が対応できないことで大事故へと進展している。

(二) 事故は連鎖を呼ぶ。

それぞれの事故を見た場合、機械どうしや機械と人間の間に相互作用が生じ、それによって事態がより深刻になっているということが分かる。これらの事故は、明らかにまったく独立した事象が偶然に重なって生じたというより、いくつかの事象が連鎖的に相互作用を起こしたと考えられる。原子力発電所の安全審査の重要な指針となっているのは「単一故障」指針であり、そのことは「いかなる単一の厳しい故障にも耐えられるように設計されている」という意味にすぎないのであって、現実に起きているような複合的な故障や事故に対してはまったく無防備である。

(三) 事故は社会環境によって起きる。

事故は、日常的な運転管理、管理者及び運転員の慣行や心構え、そして、その時々の原子力発電所を取り巻く社会的環境などに起因して発生している。

(四) 事故時には人間が決定的な役割を演じる。

事故を軽微に止めるのも、より深刻化させるのも、その決定的な役割を演じるのは人間であり、人間の意志にすべてかかっている。どんな人間も完全無欠ではなく、必ず誤ることのある動物である。その人間が決定的な役割を担うとしたら、事故発生の危ぐを持つのは至極当然のことである。

3  TMI事故から、日本の加圧水型軽水炉にも共通する設計上の欠陥がいくつか明らかになったが、特に運転員が加圧器水位によって原子炉水位を誤解し、運転操作を誤ってしまうということが重要である。TMI事故では、運転員が加圧器の水位を基準にマニュアルどおりECCSを切ったことで原子炉の空だきを招き、燃料棒の崩壊につながった。このような事態を招いたのは、運転員が炉心の水位を確実に知る手段を持っていないため、水が必要量存在していると誤解したためである。

そこで、日本の原子力安全委員会も水位計が必要と検討に入ったが、考えられる水位計では別の誤解が生じるおそれがあり、水位計の問題は解決されないままである。美浜二号機事故でも、TMI事故と同様に水位計の問題があり、そのほか、次のとおり蒸気発生器の問題、ECCSの能力不足の問題があることが明らかになった。

(一) 原子炉水位計の問題

TMI事故でも美浜二号機事故でも、原子炉水位計がなかったことで大事故に発展するところであったことが分かった。

泊原子力発電所では差圧式水位計を設置したというが、急速な水の流れに影響されない圧力測定器でなければ、高めの圧力を検出して誤った水位を表示してしまう。このような水位計では、運転員の水位についての誤解から重大な判断ミスを招く。加圧水型軽水炉の最大の欠陥である水位計については、泊原子力発電所においても改善されたとはいえない。

(二) 蒸気発生器の問題

蒸気発生器は、外径二・二センチメートル、厚さ一・三ミリメートルという伝熱管の構造によって、約一六〇気圧ある一次冷却水と、約六〇気圧の二次冷却水の間の大きな圧力差を支えなければならず、損傷しやすいので、加圧水型軽水炉のアキレス腱と呼ばれ、これまで世界各国の事故の主要な原因となってきた。美浜二号機の事故も蒸気発生器の伝熱管破断という事故であるが、美浜二号機では、昭和五〇年一月にも伝熱管の穴あき事故で大気中に放射能を放出している。同じ型の原子炉を持つ泊原子力発電所にも、同じ危険がある。

原子力安全委員会が定めた安全審査指針によると、美浜二号機事故のような蒸気発生器伝熱管の一本の両端が完全に破断するケースは重大事故、仮想事故に分類され、このような事故は現実には起こりえないが、念のため仮に想定した事故と位置づけられている。その事故が実際に起きたのであり、これまで安全審査の段階で想定不適当事故とされ、事故マニュアルさえ用意されていない伝熱管の複数本の破断についても、いつ起きても不思議ではない。

(三) ECCSの問題

ECCSには、一次冷却水喪失事故に対して、その沸騰を招かない冷却水注入能力が求められる。美浜二号機事故では、二度にわたり一次冷却水が沸騰した(関西電力と科学技術庁は、二度目の沸騰の事実は認めるが、最初の沸騰は認めない。)沸騰の事実が認められる以上、ECCSの能力不足は明らかである。ただ実際には、運転員が充てんポンプを作動させることでECCSの能力不足の一部が補われたが、反面、ECCSによる注入を充てんポンプの圧力が阻害することになった。

さらに、ECCSが作動すること自体が問題である。なぜなら、美浜二号機事故の場合、原子炉内の圧力を下げるために大量の放射性物質が大気中に放出されており、また、ECCSが作動すると高温の原子炉に大量の冷水が流れ込むため、原子炉に大きなダメージを与え、大事故になりかねないからである。

4  泊原子力発電所のタービン亀裂事故について、被告は、原子炉の安全性に影響するものではないという立場をとっているが、タービン静翼の亀裂が進行して大型の破片が離脱すれば、タービン軸に固定されている動翼に衝突する。そのとき、高速で回転しているタービン軸は、ほんのわずかなぶれが生じた瞬間にミサイルのように吹き飛んでいく。これが、同じ敷地内にある原子炉建屋を直撃する可能性がある。

また、タービンが損傷すれば、核分裂で発生する熱を冷却するシステムが奪われることになり、大事故に発展する可能性がある。このことは、タービン損傷事故に際し原子炉が制御棒によって緊急停止されても、崩壊熱が発生するので同じである。さらに、泊原子力発電所のタービンでは、回転によって熱を持つタービン軸を冷却するのに液体水素が使われているが、これに何かの拍子で引火して爆発し、タービン火災になることが考えられる。

この亀裂事故は、要するに、被告が発電効率を上げるためにタービンの回転数を上げようとして、静翼の厚さを薄くし、幅を狭くしたために、同時に静翼の剛性が小さくなって発生したのである。

5  原子力発電施設の特に核燃料に近い部分の金属は、すべて使用実験が不可能なことは常識であり、強度試験はまったく考えられていない。試験運転や営業運転が、最初の使用試験であり、強度試験である。したがって、被告が厳重な品質管理、各種の試験、検査によって燃料被覆管の健全性を確認しているというのを、信用することはできない。その他の原子炉を中心とした機材についても同様である。

なかでも、加圧水型軽水炉の蒸気発生器については、昭和五〇年度から六年計画で信頼性実証試験が実施されて昭和五六年三月に報告書が提出され、昭和六三年度から再び五年計画で信頼性実証試験が実施されたが、蒸気発生器の伝熱管の信頼性対策についてはその有効性が実証されていない面もあり、伝熱管の信頼性向上のために各種解析を実施する必要があるという状況の中で、原子力発電所が稼働されていたのである。

泊原子力発電所に関しても、低圧タービン静翼に亀裂が発生したが、三〇年の耐用年数で設計されている機械がわずか二年足らずで破損したのであり、設備の品質、信頼性について信用することはできない。

6  被告は、原子炉等規制法に基づき、泊原子力発電所について保安規定を定めている。しかし、保安規定中の記載や添付の別図、別表を検討しても、なお安全対策の具体策が不明な箇所が多々存在する。

具体的には「あらかじめ定められた手順」「あらかじめ制御棒の挿入限界を定め」などの記載のように、原子炉の出力を制御するうえで重要な事項について具体的な規定に欠けているところがある。また、原子炉の異常時の措置についても「異常」の定義がなく、とるべき措置が「必要な措置」と表現されるなど具体的な規定に欠けており、安全対策としては不十分である。警報装置についても、警報装置の設定値が不明であり、定期的な検査、確認が安全につながるとは判断できない。放射性液体廃棄物の管理の内容は、トリチウムなどの放射性物質の環境放出を認めるものでしかなく、周辺住民に危険を及ぼすことを容認する規定と判断せざるをえない。

原子力発電所が起こす事故の原因には、システム故障、人為ミス、想定外などが考えられるが、保安規定の不十分さがこのような事故原因の除去の妨げとなっている。すなわち、保安規定の不備により故障発見の機会が確保されず、故障に対する対策の不備が事故につながる。保安規定のあいまいな表現は、運転員が重大なミスを犯す危険を内包する。原子力発電所の事故例の多くは人為ミスが原因の一部を構成しているから、看過できない不備である。想定外の場合について見ると、保安規定総体が一次冷却系、二次冷却系、核分裂制御系などといった単一システムごとに定められていることに大きな問題がある。このことは、複数のシステムに起因する異常や事故に対応する安全対策が、まったくとられていないことを意味する。これまでに起きた原子力発電所事故は、まさに対策が想定されていなかったために大きな事故に発展したのであり、被告の作成した保安規定は、過去の教訓すら参考にしていないものであって、安全対策としてはまったく不十分である。

7  原子力発電所の定期点検では、一回の定期点検で延べ約一五〇〇人が作業に従事し、日本の原子力発電所全体では、年一回の定期点検で毎月五〇〇〇人近い従事者が必要になる。従事者の内容については、電力会社も製造メーカーも知らず、実際は孫請段階で人集めをしているのであり、最汚染区域での作業は一回の作業で五分が限界ということもあって、次から次へと労働者が送り込まれているのが実態である。このような実態からすると、電力会社が公表するように専門家が従事するというのは不可能である。農家や自営業の人、失業中でかき集められた人が、専門性の高い、ミスの許されない作業をしている。

美浜二号機の蒸気発生器伝熱管破断事故は、定期検査時の渦電流探傷検査の結果まったく異常がないとされた健全管で、検査後七か月で発生した事故である。この事故の原因の一つとして発表されている振れ止め金具の不備は、そもそも設置段階からの問題を事故が起きるまで分からなかったというものであり、加圧器逃がし弁は、直前の定期検査時に、誤って逃がし弁を動かす空気の空気弁が閉められていたのである。これらの事実を見ると、原子力発電所の安全性に関する検査はまったく信用できない。

8  原子力発電所の事故に対する住民の対処方法は、事故の発生をいち早く知り、できるだけ遠くへ逃げることだけである。事故の中でも原子炉の爆発を伴わない事故の場合、発電所を見るだけでは事故の発生を知りえないから、ほかの方法でクリプトン85、放射性ヨウ素などが放出されたことをいち早く知る必要がある。そのためには発電所の排気筒の放射能測定結果を常時知る方法が必要であり、住民の安全に責任のある自治体が、発電所の警報システム、監視システムを通じて運転状況そのものを監視する必要がある。

事故後の汚染対策と住民避難の対策についても、原子力発電所からの距離を重視した対策だけでなく、汚染状況に素早く対応する防災対策が必要である。また、核燃料などの輸送による放射能汚染の問題も深刻で、輸送経路の住民の安全をも視野に入れた防災対策が必要である。しかし、実際の防災対策は不備である。

9  平成元年一月六日に起きた東京電力福島第二原子力発電所三号機の事故に関し、東京電力は、同年二月三日になって事故を公表した。東京電力は「放射能の放出につながるような大事故ではない」としていたが、実際は重大な結果を招きかねない事故であった。東京電力は、事故の際には異常を示す警報が鳴ったにもかかわらず運転を続け、事故後は約一か月も事実を隠し通した。このことは、電力会社の体質として、泊原子力発電所でも事故の際に同様の対応が行われる可能性があることを示している。

実際、泊原子力発電所の低圧タービン静翼の亀裂事故について、被告は四月二七日午後三時ころ亀裂を発見し、その後すべての翼を点検して、三〇日に通商産業省資源エネルギー庁に事故の概要を報告したが、北海道や地元の四か町村に連絡が入ったのは、五月二日になってからであった。また、被告は、異常発生の原因が分かっていない段階で「タービンの損傷であり、安全性に関係はない」と発表したり、一号機と二号機では低圧タービンを含めた構造、タービンの製造メーカーが同一であるにもかかわらず、二号機を「直ちに点検する考えはない」「仮に亀裂が生じたとしても、運転に支障を来すようなトラブルであれば警報機が作動し、運転を止める」として、直ちに二号機の運転を止めて点検することをしなかった。二号機については、三か月後に同様の亀裂が一号機と同程度発見され、被告の安全性に対する無責任さが露呈した。

こうした被告の不誠実な対応の背景には、安全性より経済効率を最優先しようとする体質がある。このような被告の基本姿勢の下に操業されている原子力発電所だからこそ、原告らの権利を侵害する危険があるのである。

二  泊原子力発電所の安全確保対策

1  多重防護と計測制御系統施設

(一) 原子力発電所では、多重防護という考え方を基本として安全性の確保が図られている。多重防護とは、多段階の厚みを持った安全防護対策を講ずることであり、次の三段階の対策から構成される。

(1) 異常状態発生防止対策

運転に際し、異常状態が発生することを未然に防止するための対策

(2) 異常状態拡大防止対策

異常状態が発生した場合にも、それが拡大したり、さらには放射性物質を環境へ異常に放出するおそれのある事態にまで進展することを防止するための対策

(3) 放射性物質異常放出防止対策

異常状態が拡大した場合においてもなお、放射性物質の環境への異常な放出という結果を防止するための対策

(二) 泊原子力発電所には、多重防護の全体に関係する施設として、計測制御系統施設が設けられている。

計測制御系統施設は、<1>原子炉の運転制御及び保護動作に必要な情報を得るために設ける「原子炉計装」及び「プロセス計装」、<2>原子炉出力をタービン負荷に追従させたり、原子炉施設の主要な諸変数が許容される範囲内に収まって安定な応答をするように設ける制御系や、誤操作を防止したり、異常が拡大するのを防止するためのインターロック回路(ある条件がそろわなければ、操作しようとしても動かないような仕組み)などからなる「原子炉制御設備」、<3>運転時の異常な過渡変化状態あるいは事故状態を検知し、異常や故障の程度によっては原子炉トリップ信号を発信して制御棒を炉心に挿入させることにより原子炉を自動停止させる「原子炉保護設備」、<4>一次冷却材喪失事故などに際して事故の拡大を防止し、あるいは環境への放射性物質の放出を抑制するための設備を作動させる「工学的安全施設作動設備」から構成される。

さらに、これらの設備から出される情報を基に、プラントの主系統の運転に必要な諸変数の監視と主要な機器の操作を集中管理するための「中央制御室」が設けられている。

2  異常状態発生防止対策

原子力発電所の運転に伴って生じる主な放射性物質は、核分裂生成物と放射化生成物の二種類である。泊原子力発電所では、核分裂生成物は燃料被覆管内に封じ込めること、また、放射化生成物と燃料被覆管内から一次冷却材中に漏出した核分裂生成物は原子炉冷却材圧力バウンダリ(一次冷却材圧力を保持する器壁や管壁を総称する名称。圧力バウンダリの代表的な構成要素は、原子炉容器、加圧器、一次冷却材配管である)の内部に封じ込めることによって、放射性物質の環境への放出を防止している。

そのために、泊原子力発電所では、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を確保する対策と、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を余裕をもって確保するため、原子炉の運転を安定した状態に維持する対策がとられている。

(一) 燃料被覆管の健全性の確保

燃料被覆管は、ペレット内において核分裂により発生する熱を一次冷却材に伝えるとともに、核分裂生成物をその中に封じ込める機能を有する。

燃料棒の熱出力が過大になると、ペレットが膨脹して燃料被覆管を押し広げ、燃料被覆管に過度のゆがみを生じさせたり、一次冷却材が燃料被覆管近傍で沸騰し、燃料被覆管が蒸気泡で覆われて燃料棒で発生した熱が一次冷却材に伝わりにくくなり、燃料被覆管が過熱したりする。このため、燃料棒の熱出力は、燃料被覆管にこのような現象が起きる熱出力よりも低く抑えられている。

燃料被覆管にはガス状の核分裂生成物の発生によって内圧が過大とならないよう、その上部にガスをためる十分な空間が設られ、また、燃料被覆管の材料には、内圧、外圧に耐える強度を持つジルコニウム合金が使用されている。

燃料被覆管の材料とされたジルコニウム合金は、化学的腐食に対する耐食性にも優れているが、同時に、腐食の起こりにくい環境にするため、一次冷却材の水質管理が行われている。

燃料被覆管の製造段階では、厳重な品質管理と、各種の試験、検査が行われる。発電所の運転開始後は、定期的に原子炉から燃料集合体を取り出して外観検査などを行うことにより、また、原子炉運転中は、一次冷却材中の放射能を常時監視することなどにより、燃料被覆管の健全性が維持されているかどうかが確認されている。

(二) 圧力バウンダリの健全性の確保

圧力バウンダリは、放射化生成物と燃料被覆管内から一次冷却材中に漏出した核分裂生成物を、その内部に封じ込める機能を有する。

圧力バウンダリの材料には、十分な強度を持つ低合金鋼、ステンレス鋼などが使用されている。また、圧力バウンダリ内の圧力については、加圧器圧力制御系により、一次冷却材圧力がほぼ一定に制御される。

金属材料には、一定限度の温度以下になると延性を失ってもろくなる性質があるが、中性子照射によりこの限界温度が上昇し、材料中に不純物を多く含む場合には限界温度の上昇の程度がさらに高まる。このため、原子炉容器の材料には、延性が高く不純物の含有量が十分低い低合金鋼などが使用され、運転中は、原子炉容器の温度は延性を失ってもろくなる限界温度よりも十分高く保たれている。

原子炉容器内面の一次冷却材と接する部分や一次冷却材の配管などには、化学的腐食に対する耐食性を考慮したステンレス鋼が使用され、同時に、腐食の起こりにくい環境にするため、一次冷却材の水質管理が行われている。

蒸気発生器の伝熱管は、圧力バウンダリを構成するとともに二次冷却材とも接していることから、耐食性に優れた材料としてインコネルと呼ばれるニッケル・クロム・鉄合金が使用され、また、蒸気発生器の伝熱管支持板の形状は、二次冷却材中に含まれる不純物が伝熱管と支持板の透き間にたまりにくい四つ葉型の構造とされている。二次冷却材についても、腐食の起こりにくい環境にするための水質管理が行われ、蒸気発生器に設けた配管から運転中に少量ずつ二次冷却材を排出して、不純物を取り除いている。

圧力バウンダリを構成する各機器については、製造及び建設段階で、厳重な品質管理と、各種の試験、検査が行われる。発電所の運転開始後も、定期的に各種検査が行われている。例えば、原子炉容器については、中性子照射による影響を把握するため、原子炉容器と同一の材料から採取した試験片を原子炉容器の中に入れておき、この試験片を計画的に取り出して検査をする。また、蒸気発生器の伝熱管については、定期的に渦電流探傷検査(材料の近くにコイルを置き、これに交流を通じると材料に渦電流が生じるが、材料に傷があると渦電流が変化し、コイルに現れる電磁気的反応が変化するので、これにより伝熱管の状態を判別できる)が実施されている。

(三) 原子炉の安定した運転の維持

泊原子力発電所では、原子炉の安定した運転を維持するために原子炉制御設備を設け、制御棒を抜き差しする制御棒制御系と、一次冷却材中のホウ素濃度を増減するホウ素濃度制御系により原子炉出力を安定させ、加圧器圧力制御系により一次冷却材圧力をあらかじめ設定した圧力に維持するよう制御している。制御棒制御系には、運転員が誤って制御棒を引き抜こうとしても、原子炉内の中性子の数がある定められた値以上であった場合には、制御棒を引き抜けなくするなどのインターロックシステムが設けられている。

原子炉出力、一次冷却材圧力などを監視、制御するために必要な情報は、各種の測定機器により計測され、そこで得られたパラメータは、中央制御室において表示され、あるいは記録される。

中央制御室では、中央制御盤に操作器、指示計、記録計、警報装置などが設置されている。ここでは、運転員の配置、運転員の果たす役割を考慮し、それらの運転操作が円滑に遂行でき、かつ、運転員の誤操作や誤判断を防止できるよう配慮して寸法、形状を定めるとともに、計器類を機能、重要度、系統を識別できるような形で配列している。また、中央制御室には、運転に関する情報を系統ごとに、あるいは集中的に表示する数台のモニタテレビが設置され、運転員の行う監視制御を補助している。

これらの原子炉制御設備については、製造及び建設段階で検査が行われ、発電所の運転開始後においても定期的に試験が行われている。

3  異常状態拡大防止対策

泊原子力発電所では、原子炉に何らかの異常状態が発生した場合に、その異常状態が拡大したり、放射性物質を環境へ異常に放出するおそれのある事態にまで進展することを防止するため、原子炉計装で異常状態を検知し、原子炉保護設備、原子炉停止系、加圧器安全弁などによって異常状態の拡大を防止するように設計がされている。

(一) 異常状態の検知

中性子数、一次冷却材の温度、圧力などの異常な変化は、それらの測定器によって検知される。また、燃料被覆管からの核分裂生成物の漏出は、一次冷却材モニタなどにより検知され、圧力バウンダリからの一次冷却材の漏出は、原子炉格納容器サンプ(水ため)の水位、原子炉格納容器内の空気中の放射能、二次冷却材中の放射能などを監視することにより検知される。

これらの情報は、中央制御室に設置された指示計や記録計に表示されるので、運転員は、計器類やモニター画面を読むことで異常を知ることができる。

さらに、運転員が速やかに原子炉を停止するなど所要の措置をとることができるように、異常状態を検知した場合には、状態に応じて警報を発信する装置が中央制御室に設けられている。

(二) 原子炉保護設備の設置

泊原子力発電所では、異常状態が生じた場合、運転員が異常状態を知って原子炉停止などの必要な措置をとることもできるが、燃料被覆管や圧力バウンダリへの影響が過大なものとならないように、自動的に作動する原子炉保護設備、原子炉停止系、加圧器安全弁などを設置している。

原子炉保護設備は、一次冷却系に何らかの異常(例えば、原子炉出力の異常な上昇)が発生したような場合に、原子炉計装及びプロセス計装の信号を受け、論理回路で判断して原子炉停止信号を発信し、原子炉停止系を作動させる。原子炉停止系は、全制御棒を速やかに炉心に挿入することにより、原子炉を緊急停止させる。

加圧器安全弁は、一次冷却材圧力が一定以上に上昇した場合に、加圧器内の蒸気を格納容器内に設置してある加圧器逃がしタンクに自動的に放出し、一次冷却系を減圧することにより、圧力バウンダリの過圧による損傷を防止する。

(三) 原子炉保護設備の信頼性の確保

原子炉保護設備は、論理回路や論理回路に単一の信号を送る系統(チャンネル)について、同じ機能を有するものを二つ以上設けており、原子炉保護設備を構成する機器あるいはチャンネルに単一故障が起きた場合や、使用状態からの単一の取り外しを行った場合でも安全保護機能を喪失しないような多重性を有している。多重に設けたチャンネルは独立性を有し、環境条件の変動(例えば、機器がさらされる温度、湿度などの上昇)あるいは運転状態の変動(例えば、機器に供給される電源の喪失)があっても、同時に故障が発生しないようにされている。

原子炉保護設備は、その信頼性を常に維持できるように、原子炉の運転中においても作動試験が可能な構造とされており、定期的に行われる作動試験によってその機能が確認されている。

原子炉停止系は、原子炉保護設備により作動するほか、制御棒駆動装置の電源が何らかの原因で喪失した場合にも、自重により制御棒が炉心に落下し、原子炉を停止させるフェイル・セーフ機能を有している。

加圧器安全弁は、一次冷却材圧力が上昇すると機械的に作動するバネによって開閉する構造とされており、その開閉動作について電源を必要としない。

4  放射性物質異常放出防止対策

泊原子力発電所では、原子炉施設の破損、故障などに起因して放射性物質が環境へ大量に放出されるおそれのある事態(例えば、原子炉容器内の一次冷却材の喪失)が生じた場合でも、そのような事態を防止又は抑制して周辺公衆の安全を確保するための設備として、工学的安全施設を設けている。

工学的安全施設は、非常用炉心冷却設備(ECCS)、原子炉格納施設、原子炉格納容器スプレー設備、アニュラス空気浄化設備、安全補機室空気浄化設備から構成される。

(一) 工学的安全施設の機能

(1) ECCS

ECCSは、事故時に原子炉にホウ酸水を注入して、負の反応度を加えるとともに、炉心を冷却することにより原子炉停止後の崩壊熱による燃料被覆管の重大な損傷を防止することを目的とした設備であり、蓄圧注入系、高圧注入系、低圧注入系からなる。

蓄圧注入系は、圧力バウンダリから大量に一次冷却材が漏れ出る事態が生じて一次冷却材圧力が蓄圧タンクの保持圧力以下に低下すると、蓄圧注入配管の逆止弁の自動開放により、自動的にホウ酸水を炉心に注入し、炉心の冷却を行う。

高圧注入系は、配管破断が小さく圧力の低下が緩やかな場合には、単独で炉心の冷却を行い、配管破断が大きい場合は、低圧注入系と連携して炉心の冷却を行う。原子炉圧力低と加圧器水位低の一致、あるいは原子炉格納容器圧力高などの条件が満たされた場合、ECCS作動信号により高圧注入系の弁が開き、高圧注入ポンプが起動して、ホウ酸水を炉心に注入する。

低圧注入系は、配管破断が大きい場合に、高圧注入系と連携して炉心の冷却を行う。ECCS作動信号により余熱除去ポンプが起動して、ホウ酸水を炉心に注入する。

(2) 原子炉格納施設

原子炉格納施設は、一次冷却材喪失事故などの場合においても放射性物質の外部への放散を抑制するための設備であり、原子炉格納容器、外部遮へいと附属施設で構成される。

原子炉格納容器は鋼板製で気密性を有し、その外側は鉄筋コンクリート製の外部遮へいで包まれている。原子炉格納容器と外部遮へいとの間は空間構造とし、円筒状の空間部はアニュラスシールを設けて上下を分割し、下部が密閉された空間(アニュラス部)となっている。原子炉格納容器を貫通する配管、電線の大部分は、アニュラス部を貫通するように配置されている。

原子炉格納施設は、一次冷却材喪失事故などの場合に圧力障壁となり、かつ、放射性物質の放散に対する最終の障壁を形成するものであるため、原子炉格納容器を貫通する配管で事故時に閉鎖が要求されるものには、隔離弁又は同等の隔離機能を持つ設備が取り付けられている。隔離弁には、閉鎖隔離弁(物理的に開かないようにするロック装置が施されているもの)と自動隔離弁があり、自動隔離弁は、ECCS作動信号と同様の信号が発信されたときに自動的に閉鎖する。

(3) 原子炉格納容器スプレー設備

一次冷却材が圧力バウンダリから原子炉格納容器内に大量に漏れ出る事態が生じ、原子炉格納容器の内圧が異常に高くなった場合、原子炉格納容器スプレー作動信号が発信される。この信号により、原子炉格納容器スプレー設備の弁が開き、格納容器スプレーポンプが起動して、ホウ酸水に苛性ソーダを混入させたものが原子炉格納容器内にスプレーされる。これにより原子炉格納容器の内圧を低下させるとともに、原子炉格納容器内に浮遊しているヨウ素などの放射性物質を洗い落とす。

(4) アニュラス空気浄化設備

ECCS作動信号が発せられると、アニュラス空気浄化ファンが起動し、排気弁が開いてアニュラス部を負圧にし、原子炉格納容器からアニュラス部に漏れ出た空気を放射性物質用フィルタを通して浄化して、浄化した空気を非常用排気筒から放出する。負圧にする目的を達した後は、浄化した空気を再循環させるとともに、外部への排気は全量排気弁から少量排気弁に切り替えて負圧を維持する。これにより、環境中に放出される放射性物質の濃度を減少させる。

(5) 安全補機室空気浄化設備

ECCS作動信号が発信されると、格納容器スプレーポンプ室、余熱除去ポンプ室、高圧注入ポンプ室などの安全補機室の通常換気系を隔離して、安全補機室空気浄化ファンが起動し、安全補機室内の空気を放射性物質用フィルタを通して浄化して、浄化した空気を非常用排気筒から放出する。これにより、環境中に放出される放射性物質の濃度を減少させる。

(二) 工学的安全施設の作動設備

工学的安全施設には、安全保護系のプロセス計装からの信号を受けて工学的安全施設を自動的に作動させる論理回路や、施設の監視装置などからなる工学的安全施設作動設備が設置されている。

(三) 工学的安全施設の信頼性の確保

工学的安全施設は多重性、独立性を持ち、互いに独立した二系統以上の機器で構成されることにより、同時にその機能を喪失しないように設計されている。

すなわち、高圧注入系には二台の高圧注入ポンプが設置され、その電動機は独立した二系統の非常用母線に接続している。これに接続されたディーゼル発電器はECCS作動信号により自動起動して、外部電源喪失時に電力を供給するようになっている。低圧注入系の余熱除去ポンプの電動機、原子炉格納容器スプレーポンプの電動機、アニュラス空気浄化ファンの電動機、安全補機室空気浄化ファンの電動機についても同様である。自動隔離弁の駆動動力源も多重化され、一系統の故障により隔離機能が喪失することのない構成となっている。また、工学的安全施設作動設備も、多重性、独立性を持っている。

工学的安全施設については、製造及び建設段階で厳重な検査が行われる。また、ECCS、原子炉格納容器スプレー設備などのポンプやファンは、原子炉の運転中にも作動試験が可能な構造とされ、隔離弁の系統も定期的に機能を試験できる構造とされていて、定期的に行われる作動試験によってその機能が確認されている。

三  安全確保対策の妥当性

1  原子炉保護設備などの妥当性の解析と評価

被告は、泊原子力発電所について、昭和五七年六月の原子炉設置許可申請及び平成四年七月の原子炉設置変更許可申請に際して、原子力安全委員会の「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」「原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやすについて」「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」その他の関連指針に基づき、放射性物質を環境へ放出するおそれのある事態の発生を想定して、原子炉保護設備、工学的安全施設などの総合的な妥当性を解析し、評価を行った。

被告が行った解析と評価の対象は、次のとおりである。<1>原子炉施設の安全設計の基本方針の妥当性を確認する、すなわち、原子炉が固有の安全性と安全確保のために設計した設備により安全に運転できることを確認するために「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」について解析し、評価を行う。<2>原子炉施設の立地条件の適否を確認する、すなわち、万一重大な事故が発生したとしても工学的安全施設により放射性物質が発電所周辺へ多量に放出されるのを防止できることを確認するために「重大事故」及び「仮想事故」について解析し、評価を行う。

この解析と評価については、原子力安全委員会が、通商産業大臣からの諮問に対する答申を行うに当たって審査をしている。

2  運転時の異常な過渡変化についての解析と評価

(一) 指針にいう「運転時の異常な過渡変化」とは、原子炉施設の寿命期間中に予想される機器の単一の故障又は誤作動、運転員の単一の誤操作などによって生ずる異常な状態に至る事象のことである。解析と評価に当たっては、原子炉施設が制御されずに放置されると、炉心あるいは圧力バウンダリに過度の損傷をもたらす可能性のある事象について、安全保護系、原子炉停止系などの主として異常影響緩和系に属する構築物、系統及び機器の設計の妥当性を確認する見地から、代表的な事象をいくつか選定する。

ここでいう「単一故障」とは、単一の原因によって一つの機器が所定の安全機能を失うことであり、従属要因に基づく多重故障を含む。単一故障を仮定するに当たっては、一つの安全機能を果たすべき系統と機器の組合せに対して、解析結果を最も厳しくする故障を仮定することが要求されている。

(二) 被告が解析と評価に当たり指針に基づいて想定した事象は、次のとおりである。

(1) 炉心内の反応度又は出力分布の異常な変化

・原子炉起動時における制御棒の異常な引き抜き

・出力運転中の制御棒の異常な引き抜き

・制御棒の落下及び不整合

・原子炉冷却材中のホウ素の異常な希釈

(2) 炉心内の熱発生又は熱除去の異常な変化

・原子炉冷却材流量の部分喪失

・原子炉冷却材系の停止ループの誤起動

・外部電源喪失

・主給水流量喪失

・蒸気負荷の異常な増加

・二次冷却系の異常な減圧

・蒸気発生器への過剰給水

(3) 原子炉冷却材圧力又は原子炉冷却材保有量の異常な変化

・負荷の喪失

・原子炉冷却材系の異常な減圧

・出力運転中の非常用炉心冷却系の誤起動

(三) 被告は、運転時の異常な過渡変化として想定した各事象について、燃料中心最高温度はペレットの溶融点未満であること、圧力バウンダリに掛かる圧力は最高使用圧力の一・一倍の圧力以下であることなどを判断基準として解析、評価をした結果、いずれの事象においても、燃料被覆管や圧力バウンダリの健全性は十分確保することができるとの結論を得た。

3  事故についての解析と評価

(一) 指針にいう「事故」とは、運転時の異常な過渡変化を超える異常な状態であって、発生する頻度はまれであるが、発生した場合は原子炉施設からの放射性物質の放出の可能性があるもののことである。解析と評価に当たっては、原子炉施設から放出される放射性物質による敷地周辺への影響が大きくなる可能性のある事象について、これらの事象が発生した場合における工学的安全施設などの主として異常影響緩和系に属する構築物、系統及び機器の設計の妥当性を確認する見地から、代表的な事象をいくつか選定する。

この場合にも、単一故障を仮定するに当たっては、事故に対処するために必要な異常影響緩和系の系統と機器について、原子炉停止、炉心冷却、放射性閉じ込めの各基本的安全機能ごとに、その機能遂行に必要な系統と機器の組合せに対する単一故障を仮定する。例えば「原子炉冷却材喪失」において、炉心冷却という一つの安全機能を達成するためには、冷却水を注入するECCSはもとより、これを起動する安全保護系、ECCSを駆動する電源、機器を冷却し最終的な熱の逃がし場まで熱を輸送する系統などが適切に組み合わされることが必要であるが、このように一つの安全機能の遂行のために形成される系統と機器の組合せに対して、解析結果が最も厳しくなる故障を仮定することが要求されている。そして、事故に対処するために必要な異常影響緩和系については、各基本的安全機能を果たすために必要なすべての系統と機器を対象としなければならない。

(二) 被告が解析と評価に当たり指針に基づいて想定した事象は、次のとおりである。

(1) 原子炉冷却材の喪失又は炉心冷却状態の著しい変化

・ 原子炉冷却材喪失

・ 原子炉冷却材流量の喪失

・ 原子炉冷却材ポンプの軸固着

・ 主給水管破断

・ 主蒸気管破断

(2) 反応度の異常な投入又は原子炉出力の急激な変化

・ 制御棒飛び出し

(3) 環境への放射性物質の異常な放出

・ 放射性気体廃棄物処理施設の破損

・ 蒸気発生器伝熱管破損

・ 燃料集合体の落下

・ 原子炉冷却材喪失

・ 制御棒飛び出し

(4) 原子炉格納容器内圧力、雰囲気などの異常な変化

・ 原子炉冷却材喪失

・ 可燃性ガスの発生

(5) その他(地震、火災、台風、洪水など)

(三) 被告は、事故として想定した各事象について、炉心は著しい損傷に至ることなく、かつ、十分な冷却が可能であること、圧力バウンダリに掛かる圧力は最高使用圧力の一・二倍の圧力以下であること、周辺の公衆に対し著しい放射線被ばくのリスクを与えないことなどを判断基準として解析、評価をした結果、いずれの事象においても、放射性物質の環境への異常な放出を防止することができるとの結論を得た。

4  重大事故、仮想事故についての解析と評価

(一) 指針に基づき、原子炉立地条件の適否を評価する観点、すなわち、事故を仮定した場合に公衆の受ける放射線の評価線量が指針の定める目安線量を下回るように、原子炉と周辺公衆との離隔を適正に確保するという観点から「重大事故」と「仮想事故」を想定する必要がある。

重大事故とは、技術的見地からみて最悪の場合には起こるかもしれない事故のことであり、仮想事故とは、重大事故を上回る事故であって、技術的見地からは起こるとは考えられないが、特に立地の適否を判断するに当たって仮想すべき事故のことである。

(二) 被告は、解析と評価に当たり、重大事故として、事故のうち放射性物質の放出の拡大の可能性のある事故を取り上げ、技術的に最大と考えられる放射性物質の放出量を想定した。仮想事故としては、重大事故として取り上げた事故について、これを超える放射性物質の放出量を工学的観点から仮想した。

被告が指針に基づき、重大事故、仮想事故として想定した事象は、次のとおりである。

(1) 原子炉格納容器内への放出事故

・ 原子炉冷却材喪失

(2) 原子炉格納容器外への放出事故

・ 蒸気発生器伝熱管破損

(三) 被告は、重大事故、仮想事故として想定した各事象について解析、評価をした結果、いずれの場合の評価線量も指針の定める目安線量を十分下回るとの結論を得た。

5  原子力安全委員会の審査

被告が行った以上の解析と評価結果については、原子炉設置許可申請及び原子炉設置変更許可申請に際し、通商産業大臣から諮問を受けた原子力安全委員会が審査を行った。

原子力安全委員会は、解析に使用するモデルとパラメータの選定、単一故障の仮定、解析に使用する計算コードの妥当性などを確認し、被告の行った解析と評価結果は妥当なものであるとの判断をして、通商産業大臣に答申をしている。

四  泊原子力発電所の運転管理と保守管理

1  運転管理体制

被告は、原子炉等規制法三七条に基づき、保安管理体制、運転管理、燃料管理、放射性廃棄物管理、放射線管理、保守管理、非常時の措置、教育訓練などについて「泊発電所原子炉施設保安規定」を定め、これを基にして泊原子力発電所の運転管理体制を整備し、訓練を受けた運転員が発電所の運転をしている。

泊原子力発電所では、発電所長の統括の下に、原子炉施設の運転に関する業務を担当する発電課、燃料管理などに関する業務を担当する技術課、放射線管理、放射性廃棄物管理などに関する業務を担当する安全管理課、電気及び計測制御設備の保守に関する業務を担当する電気保修課、機械設備の保守に関する業務を担当する機械保修課などが設置され、指揮命令系統に従って業務が遂行されている。

泊原子力発電所には、発電所長を委員長とする泊発電所安全運営委員会が設置され、原子炉施設の保安運営に関する具体的な重要事項についての審議が行われる。また、被告の本店には、原子力部長を委員長とする原子力発電安全委員会が設置され、原子炉施設の保安に関する基本的な重要事項についての審議が行われる。

このほか、原子炉施設の運転に関する保安の監督を行わせるために、原子炉主任技術者免状を有する者のうちから、原子炉主任技術者が選任されている。原子炉主任技術者は、原子炉施設の運転に関し保安上必要な場合に、発電所長に対する意見具申や運転に従事する者に対する具体的指示を行うほか、運転計画や定期点検計画の作成への参画、法令に基づいて実施される検査の立会いなどを行う。

泊原子力発電所における具体的な運転業務としては、原子炉の起動、停止操作のほか、中央制御室での計器や表示装置の監視による運転状況の把握、安全上重要な機器や系統の機能試験、発電所内の巡視点検などがある。この運転業務は発電課が担当するが、発電課には発電課長の下に運転直六班(平成九年三月以前は五班)が設置され、二四時間三交代制で運転業務に従事している。六班の運転直は、それぞれ運転直を統括する当直課長、当直課長を補佐する副長、機器の操作などを行う運転員から構成される。当直課長には、運転の責任者として必要な専門的技能を有し、かつ、国の運転責任者資格認定制度による認定を受けた者(実用炉規則一二条)が配置されている。

2  運転員らの教育訓練

被告は、泊原子力発電所の運転員や保守業務を行う技術者を養成するため、社内において実務指導と理論講習を実施するほか、日本原子力発電、関西電力、四国電力、九州電力などへ出向させて原子力発電所における実際の運転や保守業務に従事させ、また、日本原子力研究所へ派遣して原子力発電に関する理論的知識や技能を習得させている。特に運転員については、敦賀市にある原子力発電訓練センターへ計画的に派遣して、運転操作訓練を実施している。運転員は、同センターで、泊原子力発電所の中央制御盤を模擬したシミュレータを利用して、原子炉の起動、停止操作、通常運転時の運転操作、異常発生時の対応操作などの訓練や、専門分野の講義などを受けている。

被告は、運転員や技術者の訓練施設として、泊原子力発電所の構内にも原子力訓練センターを設置し、計画的に教育、訓練を行っている。特に運転員については、中央制御室と同一寸法の制御盤を使用し、原子炉、タービン、発電機の動きをコンピュータで模擬した教育訓練用シミュレータにより、原子炉の起動、停止操作のほか、通常経験できない各種の異常事態に対する適切な対応操作の訓練などを繰り返し実施している。

3  設備の保守管理

泊原子力発電所では、その設備が本来の性能を発揮し、維持されるように、日常点検や定期検査が実施されている。

日常点検としては、発電所内の巡視点検、安全上重要な機器や系統の機能試験などが行われる。巡視点検では、発電所内を巡視し、一次冷却系やECCSなどの原子炉冷却系統施設、制御棒駆動設備などを点検して、正常な状態にあるかどうかを確認する。機能試験では、定期的にECCSその他の安全上重要な機器や系統のポンプなどを作動させて、その機能を発揮できるかどうかを万一の事態に備えて確認する。

定期検査は、ほぼ年一回、原子炉の運転を停止して実施される。定期検査には、電気事業法に基づいて国が行う検査と、電気事業者である被告が保安維持を目的として行う検査があり、原子炉と附属の各設備が総合的に点検、整備され、その機能が確認される。

五  裁判所の判断

1  被ばく事故発生の蓋然性

チェルノブイリ事故による放射線被ばくの被害状況については、なお時間を掛けた追跡調査を待たなければ全容は明らかにならないが、チェルノブイリ事故が原子力発電が始まって以来、最悪の事故であることは周知の事柄である。また、TMI事故や美浜二号機事故は、加圧水型軽水炉における事故の例として、泊原子力発電所においても同種の事故が発生し、さらにチェルノブイリ事故のような大事故にまで発展することがあるのではないかとの不安を抱かせるものではある。

もとより、人間は完全無欠ではなく、その人間が作り出した原子力発電所の設備も完ぺきなものではありえないから、例えば、設計又は設置の過程に過誤があり、各種の検査において不良箇所が見落とされ、発電所の運転に伴って予想外の事態が生じることもないとはいえない。泊原子力発電所で発生したタービン亀裂事故も、そのような出来事の一つとして位置づけられる。また、異常事態が発生した場合の対処方法を人間が誤ることも、ありえないことではない。

しかし、泊原子力発電所では、機器の故障、誤作動、運転員の誤操作などがありうることを前提に、多重防護という考え方を基本として安全性の確保が図られている。その異常状態発生防止対策、異常状態拡大防止対策、放射性物質異常放出防止対策のそれぞれの内容と、安全解析の結果を考慮すると、仮に原子炉や一次冷却系に何らかの異常事態が発生したとしても、この安全確保対策によって原子炉が停止され、炉心が冷却されて、放射性物質の外部への漏出が可能な限り防止されるものと考えられる。発電所の運転員に対する教育訓練で、シミュレータを利用して通常は経験できない異常事態への対応訓練を行っていることも、事故の発生、拡大の防止に寄与するものということができる。

したがって、泊原子力発電所においては、多重の放射性物質を環境へ放出する事故の発生はきわめて高い確率で防止されているものと評価することができ、原告らの生命、身体に侵害を及ぼすような事故が発生する具体的な危険があるものとは認めることができない。

以下では、この点に関し、原告らが主張するいくつかの問題点について判断をする。

2  事故発生を想定する場合の問題

(一) 原告らは、事故はシナリオ外の事柄から起きるから、原子力安全委員会の指針に従って典型的な異常や事故を想定しても、大事故に発展する可能性が残るとする。

原子力安全委員会の指針で採用されている手法は、典型的な代表事象を選定して一般公衆のリスクを評価する決定論的手法であり、これと対比されるものとして、確率論的手法がある。軽水炉の確率論的リスク評価の手法は、アメリカ原子力規制委員会が一九七二年(昭和四七年)に発表した報告書WASH一四〇〇(通称ラスムッセン報告)によって確立された手法であり、ある現象からどのような現象が派生していくかを様々な場面で場合分けしながら、操作の失敗などにより期待される現象が起きない場合も含めて現象の派生過程を予想し、個々の現象の発生確率などから問題となる結果の発生確率を考察するものである。

確率論的手法で事故のリスクを検討する場合、山本証人も指摘するように、ある現象から次の現象が派生していく過程をどこまで漏れなく取り上げられるかが問題であるし、個々の現象の発生確率を考えるには、原子炉であれば、炉の特性などの個別の性質を考慮しなければ具体的な危険の評価はできない。また、一方で、現在の原子力安全委員会の安全評価に関する指針には、代表事象の選定に当たり事故要因の発生確率を確率論的考え方に基づいて求めるなど、一部に確率論的リスク評価の手法も取り入れられている。

そうすると、原子力安全委員会の指針が代表事象を選定してリスク評価をするものとしていることに、合理性がないということはできない。

(二) 原子力安全委員会の安全設計に関する指針でいう「単一故障」は、系統別に一つの故障を仮定するものではなく、機能別に考え、一つの安全機能を果たすべき系統と機器の組合せに対して結果を最も厳しくする故障を仮定するものであって、従属要因による多重故障は当然予定されている。例えば、蒸気発生器伝熱管破損について評価する場合には、蒸気発生器の伝熱管一本が瞬時に両端破断するという過酷な仮定を設け、外部電源は喪失する場合と喪失しない場合の双方を考慮し、ECCSが自動起動する場合でも一次冷却材の流出量を大きくするように仮定するものとしていることを考えると、リスク評価の方法として単一故障指針を採用していることが無意味であるということはできない。

なお、指針においても、蒸気発生器伝熱管の破損は起こりうる事故として評価の対象とすべきものとしている。これを重大事故、仮想事故として想定する場合には、事故による核分裂生成物の大気放出量を最大限に想定し、さらにはそれを超える放出量を仮想して、放射線量の評価をするのである。

3  加圧水型軽水炉の設計に関する問題

(一) 原子炉水位計の問題

平成六年ころから、美浜二号機事故を教訓として、炉心の冷却状況監視機能の多様化を図るため、日本各地の加圧水型軽水炉に原子炉水位計が設置され、泊原子力発電所の一号機、二号機についても、平成六年一二月から平成七年七月にかけて行われた各炉の定期検査時に、差圧式の原子炉水位計が設置された。差圧式水位計は、原子炉容器の頂部の圧力と底部の圧力との差によって原子炉容器内の水位を計測し、炉心の冠水状況を把握するものである。

槌田証人は、差圧式水位計の精度は信用できず、むしろ一次冷却材喪失事故の際に運転員に誤解を与えるものにすぎないと述べるが、具体的に検討したものではないから、採用することはできない。

泊原子力発電所では、炉心状態の監視のために一次冷却材サブクール度計測装置が設置され、これによって炉心の冷却状況(沸騰に対する余裕)が判断されていたが、これに原子炉水位計を加え、その計測値とサブクール度の計測値を一つの指示記録計にまとめて中央制御盤に表示しているのであり、設置された原子炉水位計は、サブクール度計測装置と相まって、炉心の状態を判断するうえで有効に機能するものと考えられる。

(二) 蒸気発生器の問題

美浜二号機事故での蒸気発生器伝熱管破断の原因は、振れ止め金具の挿入不良であり、設計どおりに挿入されていれば破断は生じなかったと考えられている。泊原子力発電所では、美浜二号機事故を教訓として、一号機、二号機とも、平成四年ころ伝熱管の摩耗減肉に対する予防措置を講じた改良型振れ止め金具と交換しており、振れ止め金具が適切に挿入されているかどうかは、交換後とその後の定期検査時の点検により、適切であることが確認されている。

また、蒸気発生器の伝熱管支持板の構造を、丸穴型から四つ葉型のものに変更し、伝熱管と支持板の透き間に不純物がたまりにくい構造として、粒界腐食損傷(蒸気発生器伝熱管の支持板部などで伝熱管の二次側から結晶の粒界が腐食し、さらにこれが進展して割れが発生する現象の総称)の予防を図っている。

これらの措置によって、蒸気発生器伝熱管の破損に対しては相当程度改善が施されたものということができ、泊原子力発電所において美浜二号機事故と同様の事故が発生する危険があるとはいえない。

(三) ECCSの問題

美浜二号機事故のPAMトレンド記録と解析結果によれば、一次冷却系低温側配管への安全注入量は一三時五〇分すぎまで零、原子炉容器上部プレナム部への安全注入量は一三時五五分ころまで零と読み取ることができ、事故報告書は、この点につき「安全注入開始時点から五分間は、損傷側蒸気発生器二次側への一次冷却材流出量が一次冷却系への水の注入量を約一・〇トン上回っている」と考察している。これを総合すると、一次冷却系低温側配管への注入はECCS起動後間もなく始まったが、原子炉容器上部プレナム部への注入はECCS起動から五分間は零又は零に近い量であったと考えられ、ECCSの高圧注入系が起動した場合でも、一次冷却系の圧力が高圧注入ポンプの能力を超えていて冷却水を注入できないという事態が起こりうることが示されたといえる。

しかし、美浜二号機事故でも、原子炉トリップから五分後には一次冷却系の圧力が低下して冷却水が注入されており、その後の注入量からみて炉心の冠水は維持されていたと考えられるから、ECCSが能力不足でその目的が達成されないものとはいえない。

4  タービン事故の危険性

(一) タービンミサイル現象とは、タービンが破損したときに破片が動翼に衝突して飛散することをいう。泊原子力発電所でタービンミサイルになりうる部分は、タービン羽根、カップリング、ディスクであり、ミサイルから防護すべき対象物としては、圧力バウンダリ、使用済み燃料ピットが考えられる。建屋の配置状況などから考えて、タービン羽根やカップリングが防護対象物に到達することはなく、ディスクが圧力バウンダリ又は使用済み燃料ピットに到達する確率も零に等しいほど小さいと考えられるから、原子炉の安全性についてタービンミサイルによる影響を考慮する必要はない。

(二) 泊原子力発電所では、タービン軸の冷却には潤滑油が使用され、発電機の内部の冷却のために気体の水素が使用されている。このような発火性又は引火性のある油や水素を内包する系統については、火災の発生防止対策として漏えい防止が考慮され、耐圧試験や水張り試験などによって漏えいのないことが確認されている。

5  原子力防災その他の問題

(一) 被告や北海道が行ってきた防災訓練などは、国内の比較では注目すべき点もあるとされているが、防災を考えるうえでの地理的範囲や、発電所周辺の住民がいかに早く避難行動をとることができるようにするかという点などについては、なお検討の余地がある。

また、泊原子力発電所には、環境モニタリング施設からの情報以外にも、排気筒で測定した放射線計測値の情報があるが、現状ではこれが公開されておらず、防災対策の観点からも問題なしとしない。

しかし、防災対策は、原子力発電所の事故が発生し、これにより放射性物質が環境へ放出されて、周辺住民の生命、身体に影響を及ぼすような具体的な危険が発生した場合の対策であるから、そのような放射性物質の放出の危険があるかどうかという問題とは直結しない。

(二) 原告らは、泊原子力発電所のタービン亀裂事故の際の被告の対処方法や、他の原子力発電所の事故の際の報告などを例に、泊原子力発電所で原告らの生命、身体に影響を及ぼすような事故があった際にも、被告はすぐには事実を報告、発表しない可能性があると主張するが、このような間接的な事情から今後の事故の際の対応を推認することはできない。

(三) 原告らは、このほか、設備の品質の問題、保安規定の問題、点検従事者の能力の問題などを主張するが、いずれも、一般的な問題又は個々的な事柄についての問題を指摘するものにとどまる。泊原子力発電所の総合的な安全確保対策と対照すると、これらの問題点の指摘によっても、原子力発電所の事故による多量の放射性物質の環境放出について、具体的な危険の存在を推認させるものではない。

第七  原子力発電に伴うその他の問題

一  原告らの主張

1  泊原子力発電所の立地に当たって、国と被告は「電力需給がひっ迫している」「地域振興につながる」「発電単価が安く安全である」などと説明した。これに対し、多くの道民が疑問を投げ掛けたが、国策を盾にした被告は、強行に立地計画を進めた。

昭和五七年の電源開発調整審議会の計画に乗せる際、共和町のリコール運動、北海道議会での審議という重要な民主主義的手続の最中であったにもかかわらず、当時の北海道知事が同意意見書の送付を強行したことに象徴されるように、道民の反対意見を力で封じ込めるようにして立地手続が進められたのである。二度開催された公開ヒアリングにしても、道民の猛反対に遭い、警察力に守られて行われたものであった。

2  泊原子力発電所が操業することに関連して、次のような社会的な問題が生じている。

(一) 温排水問題

泊原子力発電所の放水口からは復水器からの温排水が絶えず放出されるため、魚の回遊路が変化し、海草類にも大きな影響を与えている。

(二) 風評被害

神恵内村では、村の特産物を東京や札幌の物産展に出品しているが、東京での物産展の際に客から「泊原発が稼働したら、神恵内のものなんて売れないよ」と言われた。

(三) 地域住民の心と暮らしの崩壊

「過疎脱却の切り札」「農漁業との共存共栄」、これは泊原子力発電所が立地される際に被告や原発推進派が唱えた念仏である。しかし、実際はあまりにもむなしい期待であった。確かに自治体の財政は一時的に豊かになる。しかし、その一方で、もともとの基幹産業であった農漁業はすさみ、人の心も荒れてきている。電源三法交付金や固定資産税が年とともに減額されていくにもかかわらず、原子力発電所に依存し自立性を失ったままの自治体の財政は、すぐに破たんしてしまう。補償金や発電所工事による現金収入はそれまでの自然や風土との調和のとれた人間関係を破壊し、一時の享楽とせつな的で利己的な考えを生み、家庭崩壊さえ生み出している。

原子力発電所によって農業や漁業が栄えた地域があるか、過疎から脱却した地域があるか、人の心が、とりわけ若者や子供たちが本当の安らかさと豊かさを感じる地域づくりができたか。原発なしで生きる権利は、地域の歴史と風土を育て、人の和を基にした社会を築くために、欠くことができないものである。

3  原子力発電所では、定期点検や故障、事故時の除線作業の際に、大量の被ばく労働者が生み出されている。

原子力発電所での労働は、電力会社によって一元的に管理、支配され、それを取り巻く労働環境も非常に閉鎖的であるため、外部からは分かりにくい。労働者は、二重三重の下請構造によって確保されるため、賃金や労働条件なども不安定で、放射線管理区域内での作業について事前に十分な説明を受けていない。作業中に被ばくした場合でも、事前の健康管理が十分にできていないことが多いため、原因が特定できずうやむやにされてしまう。被ばくにより体調に異常を来しても、ブラブラ病などと呼ばれて遺伝的要因、精神的要因に帰せられてしまい、家庭や親戚まで差別的な扱いを受けるといった問題が発生する。

このような非人間的な扱いを受ける労働者は、原子力発電所が存在する限り増え続け、発電所が増えれば、それだけその可能性も増大する。

4  原子力発電所に使用されるウラン燃料、使用済み燃料は、トラックや船で輸送される。また、イギリスやフランスに委託していた使用済み燃料の再処理によって生じたプルトニウムが、空輸によって返還される。ウラン燃料、使用済み燃料、プルトニウムとも、その危険性に差はあるが、放射能の塊であることに変わりはない。それが陸、海、空を駆け巡っているのである。

トラックでも船でも飛行機でも、事故は必ず起こる。そして、その確率は原子力発電所の事故の確率よりもはるかに高いものであり、放射線被害の潜在的危険性は、原子炉本体の事故以上のものがある。しかし、その輸送経路や潜在的な危険性は、まったく住民には明らかにされず、やみに紛れて極秘のうちに輸送が進められている。住民は、知らず知らずのうちに、軒下まで迫る放射能の危険にさらされている。

5  原子力発電所で使用される燃料のウランは、一〇〇パーセント輸入に頼っている。輸入先は、カナダ、オーストラリア、南アフリカの三か国に集中している。

「クリーンなエネルギー」と電力会社が吹聴したウランは、先住民の抑圧と犠牲の上に成り立っている。ウランを産出する土地は、カナダではインディアンの、オーストラリアではアボリジニの、南アフリカでは黒人の住む土地であった。しかし、ウランが発見されるや、その国の政府は、彼らを強制的にその土地から追い出して狭い居留地に押し込め、劣悪な労働条件でウラン採掘に従事させている。

6  チェルノブイリ事故を契機に、世界中至る所で原子力発電所の安全性が問い直され、原子力発電所に対する不安がますます広がっている。こうした中で、世界各国における脱原発の歩みは加速度的に進んでいる。

オーストリアでは、一九七八年の国民投票や原発禁止法の成立で完成寸前に封印され、そのままになっていたただ一基のツベンテンドル原子力発電所の解体を、一九八七年から始めた。

スウェーデンでは、一九八〇年の国民投票で、二〇一〇年までにすべての原子力発電所を廃止することが決まり、一九八八年六月、スウェーデン議会は二〇一〇年までに一二基の原子力発電所すべてを段階的に廃止する法案を可決した。

イタリアでは、一九八七年一〇月に国民投票が行われ、国民の八割近くが原子力発電所はいらないと答えた。それを受けて、国会は、原子力発電所建設計画の廃棄や建設中の原子力発電所の中止などを盛り込んだ原発モラトリアム法案を可決した。

アメリカでは、一九七九年のTMI事故以来、原子力発電所の新規発注ゼロ、キャンセル続発という状況の中で、一九八七年一一月、メーン州のメーンヤンキー原子力発電所の運転継続の可否をめぐる住民投票が実施され、四二パーセントが反対した。一九八八年六月には、カリフォルニア州のランチョセコ原子力発電所閉鎖の是非を問う住民投票が実施され、運転は続けるが、一年半後に改めて住民投票を行うというみちを住民が選択した。同年一一月には、マサチューセッツ州のピルグリム原子力発電所、オレゴム州のトロージャン原子力発電所の閉鎖を求める住民投票が予定されるなど、原発大国アメリカにおいてさえも、脱原発の流れは大河となって進んでいる。

スイス、ベルギー、オランダ、エジプト、フィリピン、フィンランド、ユーゴスラヴィアなどの国々では、国家が率先して、様々な方法での脱原発のみちを選択し始めている。例えば、スイスにおいては、政府が計画中だったカイザーアウグスト原子力発電所の着工を凍結し、既存の五基の原子力発電所の段階的廃止を表明した。ベルギーでは、いったん許可の出た五基目の原子力発電所の許可を、政府が取り消した。オランダでは、原子力発電所の新規計画をすべて凍結した。

オーストラリア、デンマーク、ノルウェーでは、国家として原子力発電所を持たない方針を貫いている。

日本原子力産業会議の一九八七年の世界の原子力発電動向調査によると、一九八七年に世界中で二四基(九か国、二一九七万八〇〇〇キロワット)の原子力発電所について、建設計画の撤回や先送りが決められている。その内訳は、エジプト六基、イタリア四基、ソ連四基、アルゼンチン三基、デンマーク二基、中国二基、西ドイツ、ギリシア、スペイン各一基となっている。

これらの事実は、世界が今や脱原発の方向に向かっていることを明確に示している。

二  裁判所の判断

1  原告らが主張する温排水問題や風評被害については、泊原子力発電所の運転差止めにつながるような具体的な被害の主張立証がない。また、泊原子力発電所の立地段階での問題は、その面でのマイナス評価が今日にまで及んでいるとしても、運転差止めの根拠とはならず、補償金などによる弊害については、原子力発電所に固有の問題ではなく、個人の資質の問題も無視することができない。

2  そのほかの主張は、原子力発電についての一般的な問題を指摘し、あるいは原子力発電の在り方についての意見を表明するものであり、原告ら(選定者らを含む)の生命、身体に対する具体的危険性を主張するものではない。

第八  結論

一  以上のとおり、泊原子力発電所の一号機、二号機は、既に建設が完了して営業運転を行っている。その日常の運転や放射性廃棄物の処理が原告らの生命、身体に侵害を及ぼす具体的な危険があるものとは認められないし、また、原告らの生命、身体に侵害を及ぼすような事故が発生する具体的な危険があるものとも認めることができない。

したがって、人格権又は環境権に基づき泊原子力発電所一号機、二号機の建設と操業の差止めを求める原告らの請求は、いずれも理由がない。

二  裁判所は、提出された証拠を検討し、現状では、泊原子力発電所一号機、二号機の運転が原告らの生命、身体に侵害を及ぼす具体的な危険は認められないとの結論に達した。

しかし、翻って、原子力発電は絶対に安全かと問われたとき、これを肯定するだけの能力を持たない。原子力発電所がどれだけ安全確保対策を充実させたとしても、事故の可能性を完全に否定することはできないのであり、ひとたび重大な事故が起こった場合には、多量の放射性物質が環境へ放出されて取り返しのつかない結果を招くという抽象的な危険は、常に存在しているからである。原子力発電所周辺の住民だけでなく、国民の間でも、原子力発電の安全性に対する不安が払しょくされているとはいえない。

さらに、原子力発電を続けるのであれば、放射性廃棄物、とりわけ使用済み燃料の再処理過程で生じる高レベル放射性廃棄物の処理問題は、避けては通れない課題である。使用済み燃料の施設内での一時的貯蔵には、程なく限界が来る。再処理をしたとして、最終的に高レベル放射性廃棄物をどのように処分するのか、中間貯蔵施設や最終処分場がはたして準備できるのかなど、問題は未解決のままである。

二一世紀へ、そして人類の未来へ目を向けたとき、原子力発電がどのような意義を持つのかが、地球規模での環境問題とともに真剣に議論されるべき時期に差し掛かっている。地球の温暖化を防ぐという重要な課題があり、そのために原子力発電を推進するというのであれば、それも一つの選択肢である。他方、それならば多少の不便は我慢して電力消費を削減し、放射性廃棄物を生み出す原子力発電は中止しようという選択肢もあってよい。自分たちの子供に何を残すのか。多方面からの議論を尽くし、英知を集めて、賢明な選択をしなければならない。

口頭弁論終結の日 平成一〇年五月一一日

札幌地方裁判所民事第一部

(裁判長裁判官 片山良廣 裁判官 古久保正人 裁判官 池田聡介)

理由

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